By   2015年10月17日

森雄兒

なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その3)

■3.市民からみた(新)計量法とは、何か?

(その1)、(その2)から日本で起きている「重量、重さ、質量」の混乱は「学術用語」と異なった「経産省・用語法」に起因する事が明らかになったと思います。以下では、この問題に対してもう少し、時間のスパンを広げ、計量法の改正の意味から「経産省・用語法」をながめ、一体なぜこんな事が起きてしまったのか、その底流にあるものを考えてみましょう。

日本は1970年代以降、自動車産業を中心に低コストの部品製造工場を世界各国に建設していきました。こうしたグローバリズムという新しい資本の展開によって、国境を越えて商品の設計・製造・管理システムの一元化が不可欠になりました。財界はそのために、統一した単位系制定を政府に強力に要請していきます。他方、科学技術の急速な進歩から製品開発現場では、量子論や相対論が不可欠となり、使用する単位系の国際的評価が「重力単位系」から「SI単位系」へ大きく変化していきます。

こうした背景から1992年、SI単位を国家全体に丸ごと導入する、(新)計量法の制定が行われました。この法律の制定によって、市民生活にどのような影響があったのでしょうか。それを表1を使って簡潔に説明してみましょう。混乱表1-1

*表の中の「MKS単位」について: MKS単位系は、長さ(メートルm)、質量(キログラムkg)、時間(秒s)を基本とする単位系のこと

表1は1992年以前に(旧)計量法で生活に関連して使われていた主な単位の一覧です。(旧)計量法のもとでは、表にあげた2つ以外にも単位系はあり、研究対象によって能力が異なる複数の単位系が共存しながら社会が回っていました。
その表で注目して欲しいことが2つあります。
一つは、(旧)計量法では商品取引をkg、kg重、kgwなどの「重さ」の単位で行っていたことです。しかし、大きな問題がありました。それは、(旧)計量法では重力単位系の「力、重量、重さ」の単位の記号の一つに「kg」が使われていたと同時に、MKS単位系の質量の記号でも「kg」が使われていました。同じ記号「kg」が「重さ」と「質量」の2つの意味に使用されていため、混乱が絶えませんでした。
もうひとつは、N(ニュートン)という単位は、MKS単位系の「重さや力」の単位でしたが、地球の場所によって同じ質量でもわずかにその重さが変化するので商品取引に使えないことです。そのもう少し詳しい理由は(注2)を参照して下さい。

では、(旧)計量法の状態から(新)計量法に移行して、市民にとって何が変化していったのかを表1を使って見ていきましょう。
MKS単位を拡張したものが、SI単位(国際単位とも呼ぶ)ですが商品取引の問題に限定すると、MKS単位はSI単位と同じとみなしても差し支えがありません。そういうことから、これからはSI単位という言葉を使って説明していくことにします。

(新)計量法が施行されると使用できる単位はSI単位だけに限定され、それ以外のすべての単位(非SI単位)を廃止することにしました。この変化を、表1で見てみましょう。商品売買において、(旧)計量法の時代は上の欄の重力単位と下の欄の単位の両方の使用が認められていましたが、(新)計量法の時代になると下の欄のSI単位だけしか使用がを認められなくなりました。すると、この変化を念頭に置いたとき皆さんは、商品売買は、何の単位で行われることになると思いますか?

(新)計量法のSI単位では、重さの単位はN(ニュートン)しかありませんが、N(ニュートン)は、商品取引には不適な単位でしたので「重さ」で商品取引をすることはできません。表1を見ると残っているのは、難解な「質量」概念しかありません。
こうして見ると、実は(新)計量法とは、市民に「重さ」で商品売買することを禁止し、「質量」概念で商品取引をすることを義務化するという、歴史的一大転換をもたらす法律だったことが明らかになってきます。これが市民にとっての(新)計量法の意味です。しかし、なぜか経産省もマスコミもこのことについて沈黙し、国民に向かってこの説明がおこなわれませんでした。それでは経産省は、この(新)計量法施行を前にして市民のためにどんな準備と対応を行ったのか、それを次回に見てみましょう。

(注2)N(ニュートン)の単位が商品売買に使えない理由

質量が同じでも物体の重さは、地球の場所によって変化します。同じ大根でも東京より沖縄の方が重さが小さくなります。同じ質量の大根の重さをニュートン秤で測定するとこうした変化を検出するので、その値から場所に応じて質量の大きさを求める計算が必要になります。いちいち計算をしなくてもよいようにするには秤に2重目盛りが必要になり、実用性に欠けることになります。そこで日本各地で重さの変化することを考慮して、各地域ごとに、1kgの質量(標準体)を使って重さ1kg重の力を表示する秤を別々に作ります。こうして地域内で質量と重さの食い違い(誤差)を小さくします。(新)計量法では目盛板に、本当は重さを測定している目盛りですが、それを質量と近似してkgと表示します。

次回、なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その4)は10月25日アップロードの予定。

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