By   2011年8月4日

 Ⅱ.α線の散乱

 1.α線の枝毛?の飛跡を見つけてみよう。

α線の飛跡の先端部で 空気中の原子核 (恐らく窒素か酸素の原子核) に衝突し進路を変えている❐ 皆さん、霧 箱でアルファ線(α線)を観察できたでしょうか。長い飛跡や短い飛跡、太い飛跡や細い飛跡、さまざまな飛跡が次々に現れては消え、消えてはまた現れてきます。アル ファ線の飛跡が発生してから消えるまで0.5秒くらいですが、実際のアルファ線の一生は、とんでもなく短く、約1億分の1秒で終わっています。(アルファ 線の発生から消滅までの時間を計算してみましょう。アルファ線の速さ:光の速さの20分の1,光の速さは3億m/s,その間に進んだ距離は、6㎝です。)

霧箱を使うと、わたしたちはアルファ線の一生の1億分の1秒を0.5秒まで拡大し、まるでスローモーションでもみるようにゆっくりと観察できるのです。とても不思議です。

こうした効果から、飛跡をじっくり観察しているととんでもないことみつかります。あなたは、アルファ線の飛跡の中からに右の写真のような現象を見つけるこ とがありませんでしたか。写真をよく見てください。飛跡の先端に、枝毛のように分岐した小さな飛跡が ありますが、分かりますか?ほとんどの人は、このことに気がつきません。飛跡の初めの部分だけ見て、終端の部分まではみないためです。これはアルファ粒子 (アルファ線と同じ意味)が何かの粒子と衝突している現象です。飛跡が2つになっているのは、突き飛ばしたアルファ粒子に加えて突き飛ばされた粒子の飛跡 が新たにできたからです。

アルファ線の飛跡の枝毛は、アルファ線と空気中の原子核が衝突した痕跡なのです。

     霧箱の飛跡をじっくり見て「枝毛の飛跡」探してみませんか。
     霧箱の状態がよければ、多分、1分間に1,2ヶはさがせると思います。スマホで動画撮影して、ゆっくり飛跡を調査するのも   OK  です。枝毛の飛跡が見つかったら、一体この現象がなんなのかを解明していきましょう。

α線の飛跡の先端部で 空気中の原子核 (恐らく窒素か酸素の原子核) に衝突し進路を変えている

α線の飛跡の先端部で 空気中の原子核 に衝突し進路を変えている。皆さんは見つけることができましたか。

█ アルファ線は、空気中を突き進むとき、空気中の酸素や窒素の原子核と衝突するときがあります。高速のアルファ線は、相手の原子核をつきとばし、その反動で自分の進路を変えます。このときの衝突はほとんどが正面衝突からずれた、斜衝突です。正面衝突は、もっとスピードが速い、確率的にとても起きにくいまれな現象です。このとき衝突した原子核は空気中の酸素か窒素の原子核ではなかろうか、と推測できます。その理由は、分離核が90度より大きいため、アルファ粒子が衝突した原子核の質量はアルファ粒子より質量が大きいことが分かります。もし、水素のようなアルファ粒子より質量が小さい原子核の場合は、逆に分離核が90度より小さくなります。(このことは質量の異なるビー玉を衝突させると確認できます。)また、空気中は酸素と窒素がほとんどでです。では、酸素と窒素の原子核のどちらかは、2つの質量の差が近いので、残念ながらこの写真では識別が困難ではないだろうかと思います。

█ アルファ粒子が空気中の原子核と衝突する、と言ってしまいましたが、実は自動車事故の衝突ように直接接触するわけではありません。すべての原子核は電荷がプラスなので、原子核同士は電気的に反発し、互いに反発し合い接触せず方向を変えるだけです。そのためこうした衝突を散乱と呼んでいます。以下では、なるべく衝突ではなく散乱という言葉を使います。

 原子核同士がより大きな運動エネルギーをもち電気的な反発力をこえてしまうと、直接接触し原子核同士は互いに融合し、核反応がおきてしまいます。高温の恒星(例えば、太陽)の内部や高エネルギー(=高速度の)宇宙線では、その反応もよく起きています。

  2.アルファ粒子散乱のビデオ

このビデオ映像は霧箱でアルファ粒子が空気中の原子核と衝突し、散乱を起こしている映像です。U-tubeに投稿し、多くの方々から注目をいただいています。
強力なラジウム線源を使ったラザフォードなどによる散乱の写真はありますが、市販されている鉱物標本の線源で原子核の散乱を動画で紹介するのは、とても珍しい映像だと思います。
[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=dCmcNve191M[/youtube]

3.アルファ線は何の原子核と散乱したのか、考えてみよう

█ 右の写真は1において散乱の写真とはことなります。分離核が90度なので別な原子核と衝突したといってよいでしょう。1の散乱の写真は普通の空気中でアルファ線の散乱の実験散乱説明写真3枚組をしましたが、今度の3のアルファ線の散乱は、霧箱の中に「ヘリウムの気体」を充満させて写真を撮影しました。つまり超高速のヘリウムの原子核がほとんど静止しているヘリウムの原子核と散乱を起こさせてみたのです。

突き飛ばして進んだアルファ粒子の飛跡と突き飛ばされたヘリウムの原子核の飛跡の拡大写真をみると、2つの飛跡の角度(分離角とよんでいます。)がほぼ90°になっていると思います。これがアルファ粒子が同じ質量の原子核と衝突した証拠になります。これとビリヤード球の斜衝突には類似性があるはずとして実験したのが一番下のビリヤードの写真です。逆に、この写真から、アルファ粒子の正体はヘリウムの原子核であるといってもよいでしょう。

 4.原子核の散乱とビリヤード球での実験


ビリヤード球と同じ実験結果になるかどうか、自分で実験してみませんか。
 静止しているビー玉か10円硬貨を使い斜衝突に追突させる実験をしてみませんか。できる だけ摩擦の小さなテーブルで、
(1)同じ質量同士の衝突をさせ、分離角が90°くらいになるか確かめましょう。
(2)小さい質量に追突するとき(10円と1円硬貨)、
(3)大きい質量に追突するとき(10円と500円硬貨)で分離角がどう変化するか、およその傾向を実験で調べてみましょう。

ビー玉や硬貨は摩擦があるので原子核の散乱とまったく同じにはなりませんが、大体同じ結果が出てきます。(2)、(3)は90°より大きくなるか、小さくなるか、でも十分でしょう。

(課題)この分離角の家庭実験から、ビデオでのアルファ線が衝突(散乱)したのは、次の原子核のどれでしょうか。
①水素の原子核、②酸素の原子核、③ヘリウムの原子核、④窒素の原子核

その理由も一緒に述べられると良いのですが、どうでしょうか。
そのためのデータ。原子核の質量の比を水素を基準の1としたときその何倍かを示します。
水素の原子核:1 → ヘリウムの原子核:4倍、 窒素の原子核:14倍、酸素の原子核: 16倍

5.身近な原子核の散乱

 原子核どうしの散乱は、スピードが超高速で互いに大きさがとんでもなく小さいので、簡単には起きないのが科学的常識です。ところが、散乱は霧箱の実験では飛跡の先端部で、たびたび起きていて、それを観察できます。その原因は、飛跡の先端部ではアルファ線の速度が急激に遅くなっているため、静電気の反発力の力の影響を受ける時間がながくなる(力積=力×時間)からです。こうして散乱が飛躍的におきやすくなるのです。(飛跡の始まりの部分では速度が大きすぎて、その部分の散乱はほとんど観察できません。)

 そもそも原子核同士の散乱などまったくおきるはずがない!と思いこんでしまうと、それは目の前で起きていても、暗示にでもかかったように見えなくなってしまいま す(見なくなってしまう)。自分の常識に反した事実は、人間は発見しない習性があるようです。

  さらに、アルファ線の速度は最大光の速さの20分の1で、散乱はもう少し遅くなったところで起きています。光速度の20分の  1では相対性理論による影響は小さいので、計算誤差は小さく高校物理のニュートン力学で十分現象に迫れます。

 6.金箔によるアルファ線の散乱実験
ーーガイガー・マースデンによるアルファ線の散乱実験――

█ 20世紀の初めに、原子の内部構造がどうなっているのか、大問題になっていました。
ラザフォードは、金箔にアルファ線を打ち込む実験を学生のマースデンにさせてみるように助手のガイガーに指示しています。

ガイガーとマースデンはキュリー夫人から提供してもらったラジウムを使い、連日機関銃のようにアルファ線を金箔に打ち込む実験を続けました。まるで、巨大な野球場に落ちている小さな10円玉めがけて、機関銃を目くらめっぽうに乱射している実験のようだともいわれるものです。(右図を見ていると、静電気の反発力で衝突と言うより散乱といった方がぴったりくるのが分かると思います。)

しかし、8000個のなかの1個のアルファ粒子がまともに跳ねもどされてきました(後方散乱)。これが、のちにボーアが原子核の有核理論を展開するきっかけとなる実験です(1909年ロイヤルソサイティという雑誌に報告)。

█ その2年後(1911年)ラザフォードはそれを原子核とは呼ばず、「帯電体」と呼び、そのサイズを原子の10万分の1と計算することに成功しています。しかし、ラザフォードは、原子のトムソンモデルを否定するのではなく、トムソンモデルの中に修正し整合性をはかろうとする路線をとり始めます。

 従って、この年にひらかれた第1回ソルベイユ会議(1911年)において、ラザフォードはその実験結果について沈黙し、この報告をしていません。会議でアインシュタインもキュリーも「あの散乱実験のことはどうなったの?」などとも聞きません。ラザフォードも含めて「帯電体」の散乱実験は、「原子の有核構造」とは無関係であり、だれも画期的な実験結果とはみていなかったのです。その理由は、アインシュタインがうかつなのではありません。当時は、原子核の回りを電子が回転するモデル(有核モデル)では、電子が電波を発射してエネルギーを失い、原子核へと落下していくはずの非常識な理論だったからです。この回転する電子の問題の解決なくして原子の有核理論など論外だったからです。

このためラザフォードは、当時の常識だったトムソンモデルを修正し、「帯電体」とトムソンモデルと共存させる折衷案をあれこれと考え、迷走していたのです。

█ そんなとき、この科学的常識(パラダイム)をくつがえしたデンマークの新人の物理学者・ボーアがロンドンに留学してきました。ボーアは、逡巡するラザフォードの帯電体から、有核理論を展開していきます。1913年、ボーアは量子論を原子の世界に持ち込み「原子構造論」を発表し、量子力学から有核構造を理論的説明し、原子から発生する線スペクトルまで説明していきました。

このガイガー・マースデンの散乱実験はあまりに劇的なため(ボーアや現在のわれわれから見て劇的!ですが、)ボーア以前においてはそうではありません。ところが、高校物理の教科書は、そうしたパラダイムの変換の歴史を無視して、実験を発案したラザフォードを「実験とその意味」をあきらかにした科学者であるかのように誤解させています。高校生には幼児用科学者偉人伝で丁度よいと本当に思っているのか、よくわかりませんが、科学的事実はそう単純ではありません。

(参考文献)
「こうして始まった20世紀の物理学」西尾成子、裳華房
「物理学史Ⅱ」広重徹、培風館、
「ニール・スボーア論文集2・量子力学の誕生」山本義隆訳、岩波文庫

 7.霧箱での金箔の散乱実験ーー前方散乱

ガイガーとマースデンの実験は、私たちが毎日体験している身近な現象とは、かけはなれた実験だと思われるでしょうが、そうでもありません。霧箱を使って、身近な鉱物からでるアルファ線と金箔で散乱の実験をしてみましょう。

多くのアルファ線はやたら薄い光も透けるような金箔(文具店で購入)を透過し、散乱はおきません。ガイガー・マースデンの実験では後方散乱が8000ヶに1ヶの確率で起きました。簡単にはおきないということです。しかし、角度が小さい前方散乱なら、実は結構起きていて、ときどき観察できるのです(15分で1,2ヶくらい)。それが右の写真です。霧箱の飛跡は、時間とともに飛跡が流れていくので、少し位置がずれているのが残念なところですが、それでもなんとかアルファ線が折れ曲がったところに、金の原子核の存在感を感じられないでしょうか。

  █ 科学史をひもとくと、これと同じ事が一流の科学者もよく自己実現性の予言が見られます。科学史の世界では、それをパラダ  イムの変換についていけなくなるという風に言われている問題です。パラダイムというのは、科学者が信じてい る時代の科学的  固定観念の一種です。真理のほとんどはある一定の条件で成立する近似の世界です。にもかかわらず、一部の近似条件が崩れて  新たに非常識な現象(これも事実)がおきてその変化に対応できなくなることがよく起こります。ニュートン力学から量子論や  相対性理論が展開されていくとき、20世紀の初頭はまさにそういう時代でした。例えば、電子が安定して円運動する(加速度  運動)することなど非常識という古典物理の考え方に従わず、そういう事が可能であるとする原子の有核理論を主張始めまし   た。そうした言動をするボーアの将来を懸念するラザフォードはボーアの原子の有核理論(量子論)を否定し、発表を止めさせ  ようとしています。そういうやりとりをたどると、まさにパラダイムの転換がとてもよくわかります。次の「4.金箔によるアル  ファ線の散乱実験」で、そのことについて少し触れました。

   (余談)次のような有名な話があります。
哲学者I.カントは超新星を見つけると、その確認のために知識をもった友人ではなく、星にまったく知識のない下僕を呼んで  「あの星が見えるか」と聞いたと言われています。博学な友人に超新星の事実の確認をしなかった理由は、もうおわかりのことと  思います。科学の発見の歴史は,まさに常識=固定観念との戦いの歴史といって良いほどです。孤立を恐れず、事実を冷静に検  証することから科学は生まれ、発展していく のですが、世間との戦いは場合によっては孤立だけでなくしばしば自分の社会的地  位を失いかねない危険があります。霧箱をめぐる画期的な発見がおきるときにも、やはりこの種の問題がおきていますので、お  りにふれて紹介します。

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