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専攻:理科教育 主要論文:非識別性多肢選択問題の誤答分析の方法、日本教育工学会       計量法改正がもたらした「重さ・重量・質量」の混乱、物理教      育、 Vol.65-1,20-25,2017        

なぜ、起きる「重量、重さ、質量」の混乱(その6.最終回)

By   2015年11月15日

なぜ、起きる「重量、重さ、質量」の混乱(その6.最終回)

森雄兒

■6.「重量、重さ、質量」の混乱回避の対策


これまで議論してきた「重さ、重量、質量」の混乱の原因をまとめれば、次のようになります。

日本では(新)計量法によって、SI単位を国家が丸呑みしたために、私たちは知らない間に商品売買を「重さ」から「質量」で行うことを国家から義務づけられることになりました。しかしこの一大転換によって国民に混乱が起きることを予想した経産省は、「質量」という言葉を「重さ」と言う言葉に置きかえて使い始め、「質量」が国民から見えなくなるように偽装してしまいました(経産省・用語法)。(新)計量法のSI単位では「大根の質量:3kg」とすべきところを、経産省・用語法を駆使して「大根の重さ、または重量:3kg」と言葉のつけ替えが行われました。経産省は、国民に対して(新)計量法になっても(旧)計量法と変わっていないかのように、国民を誤解させ混乱をのりきる方針をとりました。しかし、公教育の場ではこのような用語の偽装はありえませんので、生活の場での経産省・用語法と公教育の場での学術用語が食い違いが生じ、理科や物理を学ぶ人達に当然のように混乱が広がっていきました。
こうしたことが原因で理科や物理を学ぶ生徒のみならず、再度物理を学ぶ社会人の間でも「重さ、重量、質量」の混乱が発生し、今もそれが続いています。

最終回では、この対策をどうするべきかを考えてみましょう。経産省・用語法は、即刻廃止するべきなのは当然ですが、問題は経産省・用語法を廃止したあと「どういう方向に向かうのか。」という問題があります。廃止後の方向には、2通りあると思われますので、そのことについて以下で検討して見ましょう。

□第一の方向――「正しいSI単位化へ?」
第1の方向は、経産省・用語法を廃止し、国際的に通用する正しいSI単位「質量:kg」で商品売買を実施するということです。通産省・SI単位等普及推進委員会でkgの用語を明確に規定しない、と打ち出した荒唐無稽な方針を廃止し、「重さ、重量、(体重):kg」は誤用であり、「質量:kg」のみが正しい規定と明確にします。そして「重さ、重量、(体重)」は、物理学の定義通りに「力や重力」の単位の用語に戻します。
これで国内のSI化は、国際的にも通用するものとなり、物理学の用語との食い違いも一掃されます。「重量、重さ、質量」に関して子供達の教育の混乱を政府自らが助長してきた異様な状態もとりあえず歯止めがかかる方向に向かいます。

さて、次に問題になるのはこうしてここで正式なSI化がなされると、すでに何度もふれてきたように私たちは生活から「重さ」の言葉を喪失することです。それは、「重さ」の言葉の裏付けである「重さ」の単位がSI化によってなくなるからです。例えば、重さ2kgの手荷物、重さ100kgの太った人、重量200kgのピアノ、という当たり前の言い方は社会的に誤用あるいは支障が生じるようになります。そういう問題が起きないようにするためには、次のように「重さ」を「質量」に修正されなければなりません。

質量2kgの手荷物、質量100kgの太った人、質量300kgのピアノ、

単位のSI化がもたらすこの言葉の世界はいかがでしょうか。ここには、まるで感性が欠如した空虚な言葉の風景が広がっていませんか。SI化によって商品売買に使える「重さの単位」を失うということは、こういうことなのです。国民全員がまるで言葉の重さを失い無重量状態でふわふわ浮遊している状態を想起させる言語感覚です。もし、はじめからこうなると分かっていたら、大反対の声があがったことでしょう。経産省は国民のそういう猛反発を見越して、(新)計量法をなにがなんでも施行させるために経産省・用語法で「質量」の言葉を「重さ」という言葉で偽装を行ったのだろうと思います。

しかし、その行為は「重さ」の単位はなくなったにもかかわらず、「質量」という看板に「重さ」という即席の張り紙を貼っているようなものです。この底抜けの安易さには、言葉と文化に関する知見がどこにもみあたらないと言わざるを得ません。現在、私たちがおかれている場所は、経産省・用語法で「質量」という言葉が遮蔽されているそういう場所です。

この現状は経産省・用語法を駆使して誤解を誘導され、「質量」概念の偽装によって主権者である国民の意思は、まったく無視された結果です。従って、この問題は主権者である国民の意思をあらためて確認しなければなりません。「本当に日本の国民が<質量>概念で商品売買するシステムを受け入れるか。」、「生活の中から<重さ>という単位(用語)が本当に消滅しても良いのか。」という国民の意志の確認が必要です。

計量法においてその目的を以下のように記述しています。
(目的)第1条この法律は、計量の基準を定め、適正な計量の実施を確保し、もって経済の発展及び文化の向上に寄与することを目的とする。

ここには、単位はたかが数量を数えるだけの道具ではなく、単位は私たちの精神的生活と密接に関連した大切な文化的存在でもあることが明記されています。経産省・用語法を廃棄した後に、進むべき方向は、正しいSI化を受け入れるか否かは、経産省ではなくわれわれ主権者である国民が意志決定すべき大切な問題です。

次に「正しいSI化にNO!」という国民の意思が表明された場合、その先一体どうなるのかということについて検討していきます。それが第二の方向です。

□第二の方向――「部分SI化と重力単位の復活」
SI単位それ自体は、物理系とその周辺分野の人にとってはとても有能で緻密な単位と高く評価されていますが、その他の研究分野からは必ずしもそうではありません。また、すでに明らかになったように商品売買の単位として、SI単位には致命的欠陥があります。経産省がSI単位化による混乱回避のために「質量」用語の偽装へとハンドルを切った背景には、「質量」概念でしか商品売買ができないSI単位の致命的欠陥を彼らがとてもよく理解していたからです。

米国の国民においても、最近このSI単位の欠陥が浮上しつつあるようです。日本のようなこれほど徹底的にSI化の問題点が隠蔽されてしまう現象が、どの国でも起きているわけではありません。日本は尺貫法から全面的にメートル法へシフトしたあと、SI単位に移行している事が悪用される結果になってしまいました。しかし、メートル法を全面的には受け入れず、ヤード・ポンドを生活や商品売買に残している米国の国民にはこの「質量」を「重量や重さ」という言葉で偽装するトリックは通用しません。

その理由は、全面SI化による変化は日本のように「kg(力)→kg(質量)」ではなく「重量ポンド(力)→kg(質量)」になるので、用語の変化を日本のように「重さ(力)→重さ(質量)」と経産省・用語法で偽装し、隠蔽することができないのです。米・英の国民にとってSI化とは、「重量ポンド(力)」を捨ててSI単位の「質量」への移行であり、単なる単位の換算の問題ではなく、未体験の「質量」概念で売買を義務化される大転換であることが丸見えになるのです。

(新)計量法施行時(1992年)に日本の国民は「質量」の言葉の偽装を三笠論文で指摘・警告されてもほとんどの人がこのことを理解できませんでした。ところが、英米の国民は、フートポンド系からSI単位を見ているため、そういう論文がなくてもSI化がもたらす結果があからさまに見えてしまうのです。

こうしたことから、英米の国民は「質量」概念を毎日の売買過程で義務化されることを本当に受け入れるのか、「重さ」の単位を生活から本当に手放すのか、という意志決定をはじめて主体的に判断できる国民になると思われます。そして、当然のことながら米国ではそのSI化に反対を表明する国民の運動が起きています。

20世紀の中心は核の時代で物理がその中心に位置していましたが、21世紀は明らかに生物・環境が中心になるという見方が大勢です。SI単位は、その20世紀の物理には最適でしたが、21世紀の生物・環境には必ずしもそうではありません。しかもSI単位の「一量一単位」という理想が、硬直したシステムであるということは研究者から指摘されている通りです。「一量一単位」というのは、例えば「速度」という量を「m/s」という一つの単位に限定し、原則として非SI単位を排除するスタンスをとります。これは単位を思考の道具として未知の現象の解明のために、多様な単位を駆使していく研究者にとっては有害な制約です(注5)。どちらかというと「一量一単位」は特許事務のような多様な単位に悩まされる単位の管理業務をルーティンワーク化したい役人にとっては夢のようなシステムともいえるでしょう。

現在は、まだSI化の問題点を深刻には受け取れず、経済のグローバル化の波に取り残されないようにフランス発のSI化を漠然と支持している科学技術者が多数のようですが、SI単位の運用方法も含めて冷静に判断するようになれば、見方は大きく変化していくと思われます。もし、「一量一単位」や「全面SI化」という硬直したシステムが廃棄され、柔軟な部分SI化が推進されれば、従来どうり多様な単位の共存が可能となり「質量の偽装」や無理に「質量」で商品売買する冒険的試みもする必要がなくなります。

「質量」で商品売買することを断念し、商品売買には最も有能な重力単位系を復活させることになるでしょう。(経産省の偽装によって、国民は(旧)計量法のまま変わらないと説明されていますので、それを偽装ではなくその通りに実現するということでもあります。)

もし、こうした第2の方向に日本が進んで行くとすれば、「用語」は修正せず単位「kg」を「kg重」という重力単位に修正するだけで混乱をすべて収束させる事ができます。たとえば、
「大根の重さ、重量、(体重):3kg」→「大根の重さ、重量、(体重):3kg重」
というようにです。

中・高校生の読者は、この小論を通して読むのは大変かもしれません。そこで(1)、(2)、(6最終回)と読んではいかがでしょうか。(3)、(4)、(5)を飛ばしても筋がよく見えると思います。もう少し、詳しく知りたくなったら(3)、(4)、(5)をあとで読むのもよいと思います。今は、(1)(2)、(6最終回)と読み継ぎ、対策まで論理的に納得しながら到達して、これからどうするかを自分で判断することが大切だからです。

(注5)「それらは文末に括弧書きで示した非SI 単位による表現に比較して,直観性が低く分かりにくい」一例を引用します。茂野博(2004.11)「地球科学分野における国際単位系(SI)の使用:問題点と解決策
「(1)水深100 m の水圧(大気圧分を含めて)は,概略1.1 MPaである(~11 atm).
(2)海水の温度を30℃上昇させるには,1ℓ( リットル)あたり概略126 kJ の熱エネルギーを要する(~30 kcal).
(3)太平洋プレートは日本列島の下に概略3.2 nm/sの速さで沈み込んでいる
(~10 cm/y).
(4)今回の大地震の規模(地震波動エネルギー)は,概略63 PJ であった(~M 8.0).」

(参考文献)

1.法務省:計量法
2.法務省:民間事業者による信書の送達に関する法律施行規則
3.法務省:道路運送車両法
4.産業総合技術研究所・計量標準総合センター「国際単位系(SI)は、世界共通のルールです」、http://www.nmijjp/
5.通商産業省SI単位等普及推進委員会(1999):新計量法とSI化の進め方-重力単位系から国際単位系(SI)へ-.(http://www.meti.go.jp/topic/downloadfiles/e90608kj.pdf)
6.三笠正人(1992.5.9)「国際単位系への統一に反対」信濃毎日新聞、
7.茂野博(2004.11)「地球科学分野における国際単位系(SI)の使用:問題点と解決策」、地質ニュース603号,25 ― 33頁,
8.兵頭俊夫(2002):教科書検定の問題点.日本物理学会誌,57,154-158.(http://maildbs.c.u-tokyo.ac.jp/̃hyodo/Edu-Report2002/node30.html)
9.多賀谷宏「これからのメートル法-ヤードポンド圏からの離陸支援を」  https://www.keiryou-keisoku.co.jp/today/kijistock/tagaya/tagaya07.htm
10.重さと質量に関するさまざまなブログ。
例えば、http://blog.livedoor.jp/airtouch/archives/4011201.html
11.日本物理教育学会「物理教育用語集」
12.国際文書第8 版(2006 年)「国際単位系(SI)」
13.森雄兒「重さがなくなった物体の性質」、サイエンスの森、http://sciwood.com/mori-column/mass-weght-collum/
14.海老原寛(1994)「単位の小辞典」、講談社サイエンティフィック、
15.朝日新聞大阪(1992年11月14日)「計量単位、国際単位系へ、」、
16.「どう教える?国際単位系への移行」(1992年07月17日)
17.小佐野正樹(2011.10)「教科書の重さ学習と物の重さ」、理科教室、8ー15
18.板倉聖宣他(1978)「ものとその重さ」、国土社、
19.和田純夫他(2002)「単位がわかると物理がわかる」、ベレ出版、
20.日本機械学会(1975)「JIS機械工学便覧」、日本文化出版、
21. 森雄兒(2015)「(新)計量法が重さと重量に及ぼす意味の変容」APEJ通信No.161,p10―22

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なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その5)

By   2015年11月1日

→なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その5)

森 雄兒

■5.(新)計量法についての逆の説明

市民にとっての(新)計量法とは、すでに述べたように「重さ」の単位を使用禁止にし、「質量」概念で物品売買を行う一大転換を義務づける法律でした。当初からそういう視点で(新)計量法の実施を理解していた一人である三笠正人は、いくら「日本のように教育レベルの高い国でも――」と実施に否定的な見解を述べていました。その理由を「質量という概念は、人間の思考の産物としての抽象概念である。長さ、時間、温度、力といった量のように、直接の観測・実験では測れない。人間には物の重量、すなわち力は感じられるが、質量は感じられない。」(三笠正人「国際単位系への統一に反対」、信濃毎日新聞、1992.5.9)と述べています。
筆者の物理を教えた体験から推測すると、「質量」を理解している高校生は残念ながら全体の20%を超えることはまずないと思われます。質量教材の貧困という影響も否定できませんが、体感できる「重さ」とそうでない「質量」概念のとの間には大きな壁が存在していることがその原因だと思われます。

そうした現実の中でなお日本の国民全員が「質量」概念で商品売買を行うことを政治的に決断したのが、国民にとって(新)計量法の立法の意味でした。その実現を本当に目指すのであれば、まず(旧)計量法を明確にリセットし、その上に新しいシステムを構築するためのルールを国民に伝えていかなければならなりません。そのために、明確にしておかなければならない、必須の事柄が4つあります。

1.商品売買で「重さ」の単位が使用禁止となることの明確化。
(重さの単位としてのkg、kg重、kgwの単位の使用禁止。)
2.「kg」の記号は、「質量」の用語以外の組み合わせで使用しないこと。
(「重さ」と「質量」の混乱に終止符を打つために重さ:kgは使用禁止)
3.「質量」概念で商品売買が行われることの明確化。
4.「重さ」、「重量」の単位であるN(ニュートン)は、商品売買には使用できないことの明確化。
(SI単位では、商品売買のための「重さ」の単位がなくなることの確認。)

1、2は(旧)計量法を廃止するに伴い、過去をリセットするための内容で、3,4は(新)計量法によって国民が新しく受け入れなければならない内容です。
こうした内容の公知・啓蒙は、物理教育学会、物理学会、初等・中等課程の理科教育関連学会の協力を得て国を挙げて実行されなければ不可能です。しかし、経産省は、理科教育・物理教育の専門家集団にこうした協力を要請することはなく、SI単位等推進委員会の26名もの業界代表のなかに、教育関係者は文科省教科調査官1名を参加させるだけでした。そして国民に向かって必須の公知すべき1,3,4の内容については沈黙し、3については「重さや重量の単位:kg」を禁止するどころか逆に積極的に使いはじめ、「質量」と「重さ」を混乱させながら(新)計量法の全面実施に突入していきました。一体これで経産省は、国民に向かって(新)計量法のことをどう説明をするのだろうか。経産省の行動は誰しも理解に苦しむと思います。以下にその具体例を紹介してみましょう。

1992年11月14日付けの朝日新聞に掲載された、経産省の説明があります。
記者の質問に対して答えているのは通産省・機械情報産業局計量行政室長・津田博です。ただ、この説明は、「経産省用語」で語られているため、その事情に通じていなければ、説明文の内容を誤解し混乱してしまいます。そのため引用文のあとに、筆者が問題点とそのコメントを行いました。また引用文中の( )内の言葉は筆者が補足しました。

[朝日新聞記者]
(新計量法によって)使い慣れた単位を変えると、市民生活に混乱はありませんか。
[通産省・計量行政室長]
「体重に使う単位のキログラムが使えなくなり、9.8倍したニュートンになるという誤解があったようですが、体重は質量を表すので単位は変わりません(下線①)。また、エレベーターの重量表示も積載できる質量を表すのでキログラムのままです(下線②)。力を表すときに使う重力単位は、普通の生活にはあまり登場しませんので、一般の市民生活にはさほど影響はないと思います。改正に伴う対応は、産業界を中心にしたものになります(下線③)。」

まず、下線①、②、③にわけて経産省用語を解読し、そこにどういう問題点が隠れているのかを確認していきましょう。

(下線部①へのコメント)
「体重に使う単位のキログラムが使えなくなり、9.8倍したニュートンになるという誤解があったようですが、体重は質量を表すので単位は変わりません(下線①)。

(旧)計量法において重量、重さ、体重など(=力)に使っていた重力単位のkgやkg重が(新)計量法ではニュートンになるのは、誤解などではありません。物理の正しい常識です。ただ、この文章は物理学者が書いたのではなく、経産省の役人が書いた文章ですので、経産省・用語法で解読しなければなりません。すでに説明したように、経産省の役人が「重量や重さ、体重」と言う言葉を発すると、それは「質量」の意味に読み換えなければなりません。だから、「体重の単位」はニュートンではなく「質量の単位」のkgになるというしかけです。
(旧)計量法での「体重や重さの単位は、kg(力の単位)でした。」(新)計量法でも経産省・用語法を使うと、「体重や重さの単位はkg(質量の単位)です。」となり、( )内の意味は変わっても表面上は同じになります。
それにしても、なぜそういう煩雑な意味の付け換えまでして、小手先の表面上「変わらない」という主張に拘泥するのでしょうか。

(下線部②へのコメント)
エレベーターの重量表示も積載できる質量を表すのでキログラムのままです(下線②)。
この文章を読むと、もとから「重量」表示は「質量」の意味であったかのごとくに誤解させかねないので注意が必要です。「経産省・用語法」では、「重量=質量」(weight=mass)なので、それに合わせて「重量」の単位の記号も「N」(ニュートン)ではなく「kg」につけかえなければなりません。ちなみに、「重量=質量」という「経産省・用語法」は物理学の定義のみならず国際度量衡会議の声明でも、こういう定義は勿論存在しません。こうした特異な言葉の使い方をすることを明確に釈明することもなく、国民にむけた(新)計量法の説明の場面で平然と使用する行為はまったく信じがたいことです。
(下線部③へのコメント)
力を表すときに使う重力単位は、普通の生活にはあまり登場しませんので、一般の市民生活にはさほど影響はないと思います。改正に伴う対応は、産業界を中心にしたものになります(下線③)。」

(旧)計量法においては、「重力単位」(力や重さ)でものの売買が行われていました。その重力単位が普通の生活に登場しなくなったのは、(新)計量法のもとでは「重力単位」を商品売買で使えば処罰されるようになったからです。しかし、経産省はもともとあまり使わない重力単位だったから、市民生活にさほど影響はない、と言って原因と結果を転倒させてしまっています。
そして今回の変化は、いままで「重さ、重量」という直接体感できる物理量での商品売買を禁止して、高度な「質量」概念で商品売買を行うことを全国民が義務化されるという大変革であるにもかかわらず、そのことには全く触れずに、「改正に伴う対応は、産業界を中心にしたもの」と言ったり「一般市民にはさほど影響はない」と言ったりしています。

もうおわかりになったと思いますが、経産省は、国民に対して「質量」概念で商品売買の義務化されたことを知らせたくないようです。そういう仮説を持って、今まで述べてきた経産省・用語法を弄する彼らの奇行をたどり返してみると、すべてが整然としてつながってきます。

そうした視点を念頭におきながら、もう少しだけ彼らの文章につきあって分析していきましょう。
上記の①②③の文章はコメントした通り経産省用語で書かれているため様々な問題発言が見えなくなるように言語操作がほどこされています。そこで、①②③をすべて物理学の用語に直し普通に物理を学んだ人に問題点が見える文章になるようしてみたのが以下の文章です。なお、下線部は、経産省・用語法に関する重要な部分で(  )内は、筆者の補足です。

<(経産省においては)体重、重量、重さは質量の意味(とみなすことにしました。)ですから体重、重量、重さの単位の記号はニュートンではなくkgとなってしまいます。エレベーターの重量も単位はkgです。(新)計量法には、これからの商品売買はすべて(「質量」で行うと解釈できるように書かれていますが、経産省の特異な用語解釈では)「重さ」や「重量」で行うとも解釈できるように意味を付け替えたので(国民の皆様からは)これまでと((旧)計量法のときと)何も変わらないように見えるはずです。従って単位もkgのままで変化なくみえます。変化は、主に産業界だけなので(と思って)国民の皆様は、このことを気にとめないで下さい。>

こうした経産省の方針を確認するために表2を作成してみました。表2では「(旧)計量法から(新)計量法への移行」の法改正にともなって、どういう変化が国民に及ぶのかという内容を「物理学の用語」で説明した場合と「経産省・用語法」で説明した場合とを比較しています。この2つの説明の違いを比較すると、経産省・用語法の目的がよく分かってくると思います。

混乱表2高

ここでは、問題の核心的な部分を表を見ながら確認していきましょう。
○物理学の用語で商品売買に関して(旧)計量法から(新)計量法への変化を説明すると、「重さ、重量」から「質量」概念に変更になります。従って単位の記号も「kg、kg重、kgw等」から「kg」へ変化し、一大転換が起きています。(「kg」は、「重さと質量」の2重の意味があったのが、今度は「質量」専用の記号になります。)

○経産省・用語法では、(旧)計量法で「重さ、重量」の単位で商品売買していたものが(新)計量法においては新たに「質量」に変化したはずですが経産省・用語法を使いこれを「重さ、重量」に読み換えられます。そして単位はkgのままになります。従って用語は、「重さ、重量」から「重さ、重量」へ、単位の記号も「kg」から「kg」へとなり、意味の変化を無視すれば、まったく何も変わっていない、ように見えます(下線部①はこのことを指している)。経産省・用語法を駆使すると、歴史的一大変化である問題点が見事に手品のように見えなくなってしまいます。

こうして経産省・用語法を使い、「重さ」という言葉を質量の意味につけ替え、(新)計量法が成立しても国民には(旧)計量法のときと同じ(ように見える)、と説明します。こうして国民をまるごと誤解させる方向に誘導し、巨大な文化的負債を作りだし、現在においてなおこれを続けています。

このときから理科や物理を学ぶ子供達や成人の物理を学び直す受験生にとっての混乱が始まりました。理科や物理の学習途上の人たちは、科学の論理的一貫性を信じて思考していきます。ところが、経産省・用語法によってそれが裏切られ、多くの人が2重言語状態で混乱し、論理的一貫性のない単位の用語に当惑し、科学の論理に対して不信感を抱き始めます。誠心誠意努力した人には不信感と同時に深い傷ももたらします。経産省のこうした行為は、次世代の科学技術者を目指す人達だけでなく、これからの科学技術に理解を示そうとする多くの人々の意欲を潰していきますが、彼らにその自覚があるのか、とても気にかかります。

11月18日部分修正
・次回(その6・最終回)は、11月15日アップロードの予定です。

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なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その4)

By   2015年10月24日

なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その4)

                                 森雄兒

■4.「経産省・用語法」を作った委員会

「重さ、重量」の意味のつけ替えを可能にするためのベースを構築した委員会があります。経産省の「SI単位等普及推進委員会」です。そこで製作された「新計量法とSI化の進め方」という文書に経産省・用語法が誕生するための枠組が書かれています。

「SI単位等普及推進委員会」とは、(新)計量法を実施するために経産省内部に設けられた正式の委員会で主な構成者は次の通りです。
委員長:桑田浩志(トヨタ自動車設計管理部)、副委員長:永井聡(経産省工業技術院計量研究所主席研究官)、筆頭委員:佐藤義雄(文科省教科調査官)、以下26名の各産業界などの代表者が名を連ねている委員会です。

その委員会で発行している「新計量法とSI化の進め方」のファイルのQ&Aに、それに関する該当部分があるので以下に引用します。文中(   )内の文章は文意を誤解しないよう筆者が補足し、また下線部は要注意の箇所を示しています。なおこのファイルは、誰でも「新計量法とSI化の進め方」のファイル名でネットから入手できます。

「Q21.重量という言葉は、(旧計量法が廃止されたあと)今後とも使用することができるか。」
「A21. ―――(前略)―――――(新)計量法では、用語の使用を明確には規定していませんが、SI化を機会に単位記号、接頭語などと同様に、用語も正しく使用することをお奨めいたします。重量を質量の概念で使用する場合にはその単位に”kg”を、力の概念で使用する場合にはその単位に”N”を使用します

「用語の使用を明確には規定していません」と、かなり重大な事がこともなげに触れられています。つまり、「質量」のことは、「重量」と呼ぼうが「重さ」と呼ぼうがかまわない。しかし「kg」という単位の記号だけは明確に「kg」と書かなければならない、と言う意味のことが述べられています。(新)計量法を実施するさいの方針は「単位の記号」管理が主目的で、「単位の用語」の使用は明確に規定しない、と述べているのが瞠目すべき点です。これは論理構築を自明とする学問の世界で、およそあり得ない規定です。つまり、ある物理量30のことを「重さ30kg、重量30kg、質量30kg」とそれぞれどんな用語で表現されていたとしても単位の記号が「kg」と記述されてさえいれば、用語は何であれ「質量」と判断しなければならない、という驚くべき方針がうちだされています。

ただ、この文書の中で経産省は「用語も正しく使用することをお奨めいたします。」とも述べているので、この文章を読む限りでは、誰しも経産省は「質量:kg」という用語をもっぱら使用し、「重さkgや重量kgや体重kg」という「推奨できない」使い方はしないだろうと、思ってしまいますが、実はそうではありませんでした。「重量:kg」や「重さ:kg」などの用法をどんどん法律の条文でも使用していきます(注3)。

つまり、「用語の使用を明確には規定」しなかった理由は、逆に「質量kg」という用語を使わないで「重さkgや重量kg」という言葉で質量の意味につけ替えるための方便だったと推測されます。こうして「経産省・用語法」が誕生したのです。

そして「重さ、重量」の意味を質量につけ替える目的のみならず、そもそも意味をつけ替えることを始めることも国民に表明しませんでした。マスコミでも一部の例外(信濃毎日新聞)(注4)を除いてはこの種の問題にふれるような報道も行われませんでした。

(新)計量法の施行を前にして、経産省が準備したのは、「質量」概念を国民に理解してもらうための様々な広報・啓蒙活動ではなく、ひっそりと準備された経産省・用語法だった、と言って良いでしょう。そして、かれらが経産省・用語法を駆使して具体的にどういうプレス発表をしたのかは、次回でそれを見ていきましょう。

(注3)たとえば「民間事業者による信書の送達に関する法律施行規則」や「道路運送車両法」など。
(注4)「信濃毎日新聞」1992.5.9付けの「国際単位系への統一に反対」記事の中で「SIでは元来重量であるはずの体重を質量と言わせている。」(三笠正人、大阪市立大)と経産省・用語法によって体重を質量の意味に付け替えることをいち早く批判している稀少な例である。しかし、行政が「重さ、重量」の意味を質量の意味に付け替えているなどと指摘しても、当時国民には何のことか

わからなかったのでしょう、三笠氏の警告に対する理解は広がりを見せませんでした。そしてこの問題は、いま理科や物理を学ぶ人達が直面している「重量、重さ、質量」の混乱へとつながっていきました。

次回(その5)は、11月1日(日)にアップロードの予定。
(2015.11.1部分修正)

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