By   2011年8月4日

 アルファ線用霧箱――Ⅱ.アルファ線(発展編)

 Ⅱ―1.アルファ線の散乱――アルファ線の枝毛の飛跡

α線の飛跡の先端部で 空気中の原子核 (恐らく窒素か酸素の原子核) に衝突し進路を変えている

α線の飛跡の先端部で 空気中の原子核 に衝突し進路を変えている。皆さんは見つけることができましたか。

█ アルファ線は、空気中を突き進むとき、空気中の原子核と衝突するときがあります。高速のアルファ線は、相手の原子核をつきとばし、その反動でアルファ線も進路を変えます。このときの衝突はほとんどが正面衝突からずれた、斜衝突です。正面衝突は、確率的にとても起きにくいまれな現象です。

  このとき衝突した原子核は空気中の酸素か窒素の原子核ではなかろうか、と多くの人が思うでしょう 。理由は、空気中には酸素と窒素がほとんどで、水素やヘリウムなどの気体は微量だからです。原子の私たちが短い観察時間の範囲ででみつけられるることができる飛跡の先端部で アルファ粒子が衝突したのは窒素か酸素の原子核の可能性が高いと思います。理由は、空気中では窒素と酸素がほとんどだからです。本当にそうかは、このと飛跡から確認してみましょう。

█ アルファ粒子が空気中の原子核と衝突する、と言ってしまいましたが、実は自動車事故の衝突ように直接接触するわけではありません。すべての原子核は電荷がプラスなので、原子核同士は電気的に反発し、互いに反発し合い接触せず方向を変えるだけです。そのためこうした衝突を散乱と呼んでいます。以下では、なるべく散乱という言葉を使います。

 原子核同士がより大きな運動エネルギーをもち電気的な反発力をこえてしまうと、直接接触し原子核同士は互いに融合し、核反応がおきてしまいます。高温の恒星の内部や宇宙線では、その反応もよく起きています。

  2.アルファ粒子散乱のビデオ

このビデオ映像は霧箱でアルファ粒子が空気中の原子核と衝突し、散乱を起こしている映像です。U-tubeに投稿し、多くの方々から注目をいただいています。
強力なラジウム線源を使ったラザフォードなどによる散乱の写真はありますが、市販されている鉱物標本の線源で原子核の散乱を動画で紹介するのは、とても珍しい映像だと思います。
YouTube Preview Image

3.アルファ線は何の原子核と散乱したのか、考えてみよう

█ 右の写真はビデオの散乱とは別な原子核と衝突したものです。ビデオでは普通の空気中で実験散乱説明写真3枚組をしましたが、今度のアルファ線の散乱は、霧箱の中に「ヘリウムの気体」を充満させて写真を撮影しました。つまり超高速のヘリウムの原子核がほとんど静止しているヘリウムの原子核と散乱を起こさせてみたのです。

突き飛ばして進んだアルファ粒子の飛跡と突き飛ばされたヘリウムの原子核の飛跡の拡大写真をみると、2つの飛跡の角度(分離角とよんでいます。)がほぼ90°になっていると思います。これとビリヤード球の斜衝突には類似性があるはずとして実験したのが一番下のビリヤードの写真です。

このことから、アルファ粒子の正体はヘリウムの原子核で、写真の飛跡はヘリウムの原子核同士の衝突(散乱)と言って良さそうです。(詳細は、運動エネルギーと運動量の計算が必要ですがーー。)

█ (家庭実験)
ビリヤード球と同じ実験結果になるかどうか、自分で実験してみませんか。
静止しているビー玉か10円硬貨を使い斜衝突に追突させる実験をしてみませんか。できるだけ摩擦の小さなテーブルで、(1)同じ質量同士の衝突をさせ、分離角が90°くらいになるか確かめましょう。さらに(2)小さい質量に追突するとき(10円と1円硬貨)、(3)大きい質量に追突するとき(10円と500円硬貨)で分離角がどう変化するか、およその傾向を実験で調べてみましょう。ビー玉や硬貨は摩擦があるので原子核の散乱とまったく同じにはなりませんが、そこそこの結果が出てきます。(2)、(3)は90°より大きくなるか、小さくなるか、でも十分でしょう。

(課題)この分離角の家庭実験から、ビデオでのアルファ線が衝突(散乱)したのは、次の原子核のどれでしょうか。
①水素の原子核、②酸素の原子核、③ヘリウムの原子核、④窒素の原子核

その理由も一緒に述べられると良いのですが、どうでしょうか。
そのためのデータ。原子核の質量の比を水素を基準の1としたときその何倍かを示します。
水素の原子核:1 → ヘリウムの原子核:4倍、 窒素の原子核:14倍、酸素の原子核: 16倍

 原子核どうしの散乱は、スピードが超高速で互いに大きさがとんでもなく小さいので、簡単には起きないのが科学的常識です。ところが、散乱は飛跡の先端部で、たびたび起きています。その原因は、飛跡の先端部ではアルファ線の速度が急激に遅くなっているからです。その状態では静電気の力の影響で進む方向に影響を及ぼしやすくなり、散乱が飛躍的におきやすくなるのです。(飛跡の始まりの部分では速度が大きすぎて散乱はほとんどみることができません。)

 そもそも原子核同士の散乱などまったくおきるはずがない!と思いこんでしまうと、それは目の前で起きていても、暗示にでもかかったように見えなくなってしまいま す(見なくなってしまう)。自分の常識に反した事実は、人間は発見しない習性があるようです。(これは、「自己実現性の予言」ともいいます。)

█ 科学史をひもとくと、これと同じ事が一流の科学者にもよく見られます。科学史の世界では、それをパラダイムの変換についていけなくなるという問題です。パラダイムというのは、科学者が信じてい る科学的固定観念の一種です。真理のほとんどはある一定の条件で成立する近似の世界であるにもかかわらず、一部の近似条件が崩れて非常識な現象がおきてもその変化に対応できなくなることがよく起こります。ニュートン力学から量子論や相対性理論が展開されていくとき、20世紀の初頭はまさにそういう時代でした。非常識な言動をするボーアの将来を心配するラザフォードがあたまからボーアを否定し、発表を止めさせようとするやりとりをたどると、まさにパラダイムの転換がとてもよくわかります。次の「4.金箔によるアルファ線の散乱実験」で、そのことについて少し触れました。

 (余談)次のような有名な話があります。
哲学者I.カントは超新星を見つけると、その確認のために知識をもった友人ではなく、星にまったく知識のない下僕を呼んで「あの星が見えるか」と聞いたと言われています。博学な友人に聞かなかった理由は、もうおわかりことと思います。科学の発見の歴史は,常識との戦いの歴史といって良いほどです。孤立を恐れず、事実を冷静に検証することから科学は生まれ、発展していく のですが、場合によっては孤立だけでなくしばしば身の危険さえ及びかねません。霧箱をめぐる画期的な発見がおきるときにも、やはりこの種の問題がおきていますので、おりにふれて紹介します。

  4.金箔によるアルファ線の散乱実験
ーーガイガー・マースデンによるアルファ線の散乱実験――

█ 20世紀の初めに、原子の内部構造がどうなっているのか、大問題になっていました。
ラザフォードは、金箔にアルファ線を打ち込む実験を学生のマースデンにさせてみるように助手のガイガーに指示しています。

ガイガーとマースデンはキュリー夫人から提供してもらったラジウムを使い、連日機関銃のように放射線を金箔に打ち込み続けました。まるで、野球場に落ちている10円玉めがけて、機関銃を乱射しているようだともいわれる実験です。(右図を見ていると、静電気の反発力で衝突と言うより散乱といった方がぴったりくるのが分かると思います。)

しかし、8000個のなかの1個がまともに跳ねもどされてきました(後方散乱)。これが、のちに原子核の存在を確認するきっかけとなる実験です(1909年ロイヤルソサイティという雑誌に報告)。

█ その2年後(1911年)ラザフォードはそれを原子核とは呼ばず、「帯電体」と呼び、そのサイズを原子の10万分の1と計算することに成功しています。しかし、ラザフォードは、原子のトムソンモデルを否定するのではなく、トムソンモデルの修正路線をとり始めます。

 丁度、この年にひらかれた第1回ソルベイユ会議(1911年)において、ラザフォードは沈黙し、この報告をしていません。会議でアインシュタインもキュリーも「あの散乱実験のことはどうなったの?」などとも聞きません。ラザフォードも含めて「帯電体」の散乱実験は、「原子の有核構造」とは無関係でだれも画期的な発見とはみていなかったのです。その理由は、アインシュタインがうかつなのではなく原子核の回りを電子が回転するモデル(有核モデル)では、電子が電波を発射してエネルギーを失い、原子核へと落下していくはずの非常識な理論だったからです。この回転する電子の問題の解決なくして原子の有核理論など論外だったからです。

このため当時は依然としてトムソンモデルが常識だったのであり、ラザフォードは発見した「帯電体」をトムソンモデルと共存させる折衷案をあれこれと考え、迷走していたのです。

█ そんなとき、この科学的常識(パラダイム)をくつがえしたデンマークの新人の物理学者・ボーアがあらわれました。1913年、ボーアは量子論を原子の世界に持ち込み「原子構造論」を発表し、量子力学から有核構造を理論的説明していきました。

このガイガー・マースデンの散乱実験はあまりに劇的なため(ボーアや現在のわれわれから見て劇的!ですが、)ボーア以前においてはそうではありません。ところが、高校物理の教科書は、そうしたパラダイムの変換の歴史を無視して、実験を発案したラザフォードを「実験とその意味」をあきらかにした!漫画の英雄であるかのように誤解させています。高校生には幼児用科学者偉人伝で丁度よいと本当に思っているのか、よくわかりませんが、科学的事実はそう単純ではありません。

(参考文献)
「こうして始まった20世紀の物理学」西尾成子、裳華房
「物理学史Ⅱ」広重徹、培風館、
「ニール・スボーア論文集2・量子力学の誕生」山本義隆訳、岩波文庫、)

 5.霧箱での金箔の散乱実験ーー前方散乱

█ ガイガーとマースデンの実験は、私たちが毎日体験している身近な現象とは、かけはなれた実験だと思われるでしょうが、そうでもありません。いよいよ、霧箱を使って、身近な鉱物からでるアルファ線と金箔で散乱の実験をしてみましょう。

多くのアルファ線はやたら薄い光も透けるような金箔を透過し、散乱はおきません。ガイガー・マースデンの実験では後方散乱が8000ヶに1ヶの確率で起きました。簡単にはおきないということです。しかし、角度が小さい前方散乱なら、実は結構起きていて、ときどき観察できるのです(15分で1,2ヶくらい)。それが右の写真です。霧箱の飛跡は、時間とともに飛跡が流れていくので、少し位置がずれているのが残念なところですが、それでもなんとかアルファ線が折れ曲がったところに、金の原子核の存在感を感じられないでしょうか。

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