Category Archives: 霧箱で見る汚染土壌

霧箱で汚染土壌を見る(第3回)

By   2012年12月18日

10. エネルギーの大きいベータ粒子

3回図13.エネルギーの大きいベータ粒子

               図13.エネルギーの大きいベータ粒子

上のベータ粒子の飛跡の写真を見てください。今度は、前回と反対にCsのベータ線としては発生頻度が低い高エネルギーの場合です。矢印で示した長 く、ゆるやかにカーブする飛跡からベータ粒子のエネルギーを求め、この粒子がわれわれの体の中を運動していくときどのような物理的影響を及ぼすか、考えて みたいと思います。

図13の写真の中央の細く長いベータ粒子のエネルギーは、磁界の強さB=0.080Tのところで飛跡の回転半径R=5.0cmと測定できました。

図13では、ベータ線のスピードが大きくなっているので飛跡の曲率半径が大きくなっています。また、ベータ線の飛跡の濃さが高速になると飛跡が低速のときよりより相当うすくなっていることもわかると思います。

ベータ粒子の運動エネルギーと速度の計算の仕方は前回と同じなので、そのプロセスは省略し、以下にその結果のみ示します。

①ニュートン力学による計算
ベータ線の運動エネルギー:K=1.40MeV

ベータ線の速度:u= 2.27×108  m/s

②相対性理論による計算
ベータ線の運動エネルギー:K=0.79 MeV
ベータ線の速度:u=2.3×108  m/s

①と②の計算結果を比較すると、今度は明らかな違いが出てきました。だんだんニュートン力学ではエネルギーの大きさの誤差が大きくなり始めました。 このあたりになると、計算は相対性理論で行かざるをえなくなりました。以下では、相対論の②の計算値で話を進めます。0.79MeVはセシウ ムからのベータ粒子のエネルギーとしてはかなり大きい値で、発生頻度はかなり小さいものです。

11.エネルギーの大きいベータ粒子の影響

ベータ線の飛程は写真では7㎝ほどしか見えていませんが、0.79MeVのエネルギーなので、もっと空気中を進んでいるはずです。調べてみると、空気中では2.5m 、体内(体内を水中で近似)では約3mm くらい進むことがわかりました。

(a) 外部被ばくの影響

このエネルギーの大きいベータ粒子は水中を3mm進むので、外部被曝では人間の皮膚に3mmくらい侵入します。0.79MeVのエネルギーをeVに直すと0.79×106eVとなり、このエネルギーでの細胞での化学結合の切断数Nは、1ヶにつき5eV消費するとするとN=0.79×106 / 5 =1.6×105ヶ=16万個 にもなります。

(b) 内部被ばくの影響

Csを体内に取り込んでしまい、線源が体内から、高エネルギーのベータ粒子を発射する内部被ばくした場合を考えてみます。

体内を水中とおいて0.79 MeVのベータ線の全飛程は、先ほどと同じ3mmです。化学結合の切断数も16万個と同じです。もし10ミクロンのサイズの細胞を0.79 MeVのベータ粒子が1ヶ通過するとすれば、細胞1ヶあたり500ヶの化学結合を切断していき、そのペースで300ヶの細胞にわたって繰り返し切断するエネルギーを持っています。

内部被曝の場合は、Cs原子が体内のどこかに一定の時間一定の場所に滞留しているので、半径3mmの球体の中心から繰り返しベータ線が放射されるこ とが起きます。そのため、外部被ばくと異なり内部被曝ではその球体内部に含まれる同一の細胞の化学結合の切断が繰り返される可能性があります。染色体が修 復に成功しても再び切断されたり、修復に失敗しながら生き延びた異常染色体が再び切断されていくことが起きる可能性が高くなります。こうした異常染色体は、がん細胞を解剖してみると、多数発見されることが報告されています。

(c) 高エネルギーと低エネルギーベータ粒子の比較

次に高エネルギーのベータ粒子と低エネルギーのベータ粒子のデータを使ってリスクを比較して見ます。さきに計算で得られた数値を利用して、エネルギーが小さいベータ粒子による被ばくの場合(0.028MeV)とエネルギーが大きい場合(0.79MeV)とで「細胞1ヶが受ける化学結合の切断数」がどう異なるか比較してみます。こでも具体例として中くらいのサイズの10μmの細胞で考えてみます。

・「低エネルギーのベータ粒子(0.028MeV)」が10μm細胞を横切るとき、2000ヶ切断する。
・「高エネルギーのベータ粒子(0.79MeV)」が10μmの細胞を横切るとき、530ヶ切断する。

3回図15、16高、低エネルギーベータ粒子

図15 エネルギーが大きい場合((再掲)     図14 エネルギーが小さい場合(再掲)

細胞が受ける切断数の比を計算してみるとなんと4倍近くも低エネルギーの方の切断数が多いことが分かります。こうしたことから直感的に低いエネルギーのベータ線は高いエネルギーのベータ線より安全と考えがちですが内部被ばくにおいては逆であることがわかります。

12.霧箱で体内被ばくをイメージ化

(a) 霧箱でわかる化学結合の切断頻度

こうした内部被曝の様子や考え方を煩雑な測定や計算をすることなく、もっと簡単に分かる方法についてこれまでのまとめもかねて説明してみたいと思います。

ベータ粒子やアルファ粒子が霧箱の中(空気中)を通過すると、たくさん電離したり少量しか電離しなかったりさまざまですが、その電離の分量に応じ て飛跡が濃くなったり薄くなったりします。今度は、同じアルファ線やベータ線が生体内部を通過するときに、霧箱のときと同じようにたくさん電離したり少量の電離 したりしますが、今度はその分量に応じて、飛跡は形成されずに化学結合の切断がおきます。

霧箱内部では、放射線によって電離されたイオンを核にした巨大な凝結粒子とエアロゾルとよばれる無数の小さな凝結粒子とが混在しています。放射線の飛跡を構成する液滴はイオンを核とした巨大粒子が微少なエアロゾルを吸収合併して成長したものです。こうしたことから電離の分量と飛跡の濃さは、比例しているとみなせます。

他方、生命体の内部では、電離にほぼ比例して化学結合の切断量は増加します。(厳密に言うと、電離が起こらなくて励起だけでも切断が起こりますので、電離の分量以上に化学結合の切断は起きています。)こうしたことから放射線が霧箱の中に作る飛跡の濃淡を体内被曝での化学結合の切断の多少に置き換えることができます。もうすこし踏み込んだ言い方をすれば、飛跡が濃い場合ほど体内被曝において生体 に対するリスクが大きくなるケースに置きかえてもよいのです。

(b) 霧箱で体内被ばくをイメージ化

霧箱の飛跡の濃さは、放射線のエネルギーを消費し、その空間で電離している分量の大小を示しています。内部被ばくの場合には、飛跡はできませんがその空間で放射線のエネルギーを消費し電離していることは同じです。ただし、体内は霧箱の内部より物質の密度が約1000倍大きいので、エネルギーを失うまで放射線が進む距離が1000分の1も短くなるということは違います。

すでに説明したことですが、再度確認すると、霧箱の内部で50mm進んだアルファ線は、体内では50μmしか進みません。さらに体内では、電離によって発生した正イオンや負イオンで飛跡は形成せず、化学結合の切断がおきていきます。

こうしたことを考慮して、霧箱の内部で繰り広げられている現象を内部被ばくと置き換えて眺めてみてはどうでしょうか。飛跡の濃さは化学結合の切断量を示す分布図と解釈します。濃い飛跡では化学結合が(単長さあたり)多量に切断され、薄い飛跡では(単位長さあたり)少量になります。霧箱の5 cm の飛跡は50 μm が1000倍で拡大された映像と見なせます。

ビデオ映像や写真の中にうつしこんだ一辺が 1 cmの指標は10 μm の細胞の大きさと見なします。すると、飛程5 cm のアルファ粒子の飛跡は細胞 5 ヶ分(指標 5 ヶ分)をを横切って化学結合を切断していく様子を一望に見ていることになります。

数量的視点をいれたければ、アルファ粒子のエネルギーは核種によって多少の差がありますがせいぜい5~7MeVですので、1ヶあたりの化学結合の切断量は、すでにのべたとおりを5eVとして120万個~140万個と考えます。アルファ粒子が細胞5ヶ分を縦断していくとした場合、細胞1ヶあたり20~30万ヶの化学結合を切断していく、ということになります。

霧箱は起きている現象を平面で切り取ってみています。2次元の平面で起きている被ばくは、実際には3次元の立体で起きています。円形に広がっているベータ粒子は、実際には球面上に広がっていっています。
球の中心からランダムに発射する飛跡にそって化学結合の切断が起こります。外部被ばくと比べて狭い範囲で定点からの発射なので重複切断が発生する確率は飛躍的に高くなります。

[補足]:計算過程について

どういう風に計算をたどっていったのか、関心がある方のためにその概要を以下に述べます。

(a) 低エネルギーのベータ線の古典論でのエネルギーの計算

写真のベータ線の飛跡は、測定した曲率半径で円運動するとみなして電子の運動方程式をたてます。

m・(u2/R)=euB ―――――①

式を変形してベータ線の速度uを使わないで運動エネルギーKをあらわす式に変形します。

運動エネルギーK= (1/2m) P2=(e2/2m)(RB)2 ―――――②

 ②式に数値を代入し計算をします。また、単位をJからKeVに換算するとK=29 KeV となります。

ここでベータ線の速度uを①式を使って計算してみます。

u=ReB/m=0.75×10-2×1.60×10-19×76×10-3 /9.1×10-31 =1.0×108 m/s

(b) 低エネルギーベータ線を相対性理論での計算

相対性理論からベータ粒子である電子についての運動方程式をたててみます。

d(mu )/dt=euB ――――――③

③式を変形していくと結局、運動量:P=ReBとなり、ニュートン力学と同じ式になります。

その証明の詳細は末尾に示しました。

運動エネルギーKの単位をMeVの単位にする都合から運動量の単位をMeV/cにすると④式になります。

 P=ReB/(0.534×10-2)  MeV/c=RB×3.00×102 MeV/c―――④

という簡潔な式が得られます。

④式にR,Bの値を代入しPを求めます。求めるKとPの関係式は以下の式⑤で表されます。

(0.511+K) 2=0.5112+(pc)2――――⑤

Pの値を⑤式に代入し、Kを求めます。するとベータ線の運動エネルギーは

K=0.02778 MeV =27.8KeV

となり低エネルギーの場合はニュートン力学で計算した値K=29KeVとほとんど差がないことがわかります。誤差は、4.3%です。

(c) 運動量:P=ReBの証明

計算11

計算2

 

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霧箱で汚染土壌を見る(第1回)

By   2012年1月30日

Ⅰ.霧箱で汚染土壌を見る

東電福島の原発事故から半年後の2011年9月1,2日と福島市、伊達市、安達太良、国見を回り汚 染土壌を採取してきました。そして汚 染された土壌を手にして自分の手で霧箱で観察・分析を試みました。飛び交うマスコミ情報とは異なった「汚染」に対する現状認識を深められ れば、と考えたからです。

(第1回):土壌の採取場所、現地の様子、使用した霧箱装 置の説明。ビデオによる汚染土壌の映像の基本的な解説をしています。

1.土壌の採取場所 1回図 1採取地点

2011年9月1,2日と自動車で土壌採取にでかけました。東京電力原発事故からまだ半年しかたっていなかったせいか、どこか、気分がそわそわしていました。具体的な採取場所は、図1の地図にあるように東北自動車道沿いの5カ所で、①安達太良山SA、②福島市街の中心にある簡易裁判所、③市街地から車で15分ほど東に位置する伊達市霊山町(セブンイレブン前)、④霊山町からさらに東の伊達市月館町、⑤仙台に向かう途上の国見SAなどです。(  )内の数値はその場所のおよその空間線量率を示しています。

2.現地の様子

車で福島市街に入ったとき薄い陽射しが射していました。天気は悪くないのに、家の窓先やベランダに洗濯物・布団をほしている家が一軒もありません。街の風景から生活感がなくなっていて緊張感を感じました。市内のほとんどが空間線量率1~2μsv/hと高いので、風で舞い上がる汚染土壌のほこりが洗濯物に付着するのを恐れてのことだろうと思います。福島市街では②簡易裁判所の庭の土壌を採取しました。

福島市街地から東にある③伊達市霊山町では、コンビニのセブンイレブンの前の土壌を採取しました。空間線量率2μsv/h。この数値に驚く、われわれと対照的にセブンイレブンの店内では、何事もないかのように10人くらいの客が、静かに買い物をしていました。周りの人たちはだれもマスクなどしていません。われわれ2人はマスクをして店内に入り、周囲から完全に浮いてしまっていました。しかし店内では、そういうわれわれをまったく意に介さず、とても静かだでしたが、どこか変な静けさでした。

④安達太良山SAでは、測定器を持ち運ぶわれわれが気になるらしく、中年の男性連れが何度もわれわれを振り返って見ていました。芝生の土を採取しているとき、サービスエリアの掃除を担当している30代くらいの女性が汚染土壌の測定値を聞きにきました。「2~2.6μsv/h」の値を告げると「失望感と怒り」のような感情をこめて「――やっぱりね。」と言って立ち去っていきました。これが放射線に対してはじめてわれわれに見えた現地での表情でした。

突然、降って湧いたようにやってきた放射線とどう折り合えばよいのか、感情はおもてに出さないようにしているが、みんな当惑している。福島から避難する家族が、近隣に何も言えずに突然いなくなるという話をよく聞く。去る人も去られる人もその理由が分かっている。

3. 使用した霧箱装置

装置の基本構成はすでにビデオでもアップロードしているベータ線の見える霧箱と同じです。ただ、感度を上げるために次の2点を改善しています。

(a) 側面の布の面積を増やす。

(b) 霧箱の容器の底全体を冷やすために冷却フィンと容器の間にアルミの板を挿入。

 (a), (b) いずれも、霧箱の内部の対流を遅くし、凝結する時間をより多く確保し霧箱の感度を上げるための処置です。ただ、これによってベータ線がよ く見えるようになると同時に宇宙線もよく見えてくるようになります。今回のベータ線の測定では宇宙線はノイズなので考察対象からカットしなければなりません。

4.汚染土壌の映像解説

サイトとユーチューブに汚染土壌から放出されるベータ線の映像をアップロードしました。その映像と一緒にこの「4.汚染土壌の映像解説」を読めば多少、わかりやすいのではないかと思います。参考にしてください。

(a) アルファ線

採取してきた汚染土壌の袋を霧箱の中に入れます。霧箱では、汚染土壌から時折太くよく目立つアルファ線が観察できます。この写真では、ベータ線はアルファ線の太い飛跡にかき消されてほとんど見えていません。霧箱のアルファ線の量は、通常の土壌などに含まれている微量のトリウムやウランなどから放出される量とあまり変わりません。これを見る限りでは、プルトニウムは存在しても微量なため霧箱で議論ができる量ではないと思われます。汚染土壌図3

 (b) ラドンからのアルファ粒子

時折、何もないところから毛虫のような太いアルファ粒子の飛跡が突然でてきます。これは空気中を漂うラドンガスRn-220(別名トロン)がアルファ線をだしてポ ロニウムPoに変化するというよく知られた反応です。1回図4.ラドンなどによるアルファ線

(c) 宇宙線

汚染土壌の袋の位置と関係ない場所から細い飛跡がよく飛びかいます。このほとんどが電子、陽電子、μ粒子などの2次宇宙線と思われます。その中に、まれに高速の陽子ではないかと思われる飛跡もみられます。この飛跡の様子は、福島市街の簡易裁判所の土壌で実験中に偶然写しこまれました。かなり太い飛跡 が磁界にものともせずまっすぐ霧箱を横切っていきました。

(d) ベータ線

このようにさまざまな放射線が飛び交う中を汚染された土壌中のCsから放出されたベータ線がたくさん見えます。ベータ線の飛跡は、エネルギーの大きいものは直線の飛跡を描いて進みますが、エネルギーの小さい速度の遅いベータ線は、空気中の巨大な分子の影響を受けて右や左に蛇行して進んでいきます。1回図5ベータ線の飛跡

(e) ガンマ線

Csからガンマ線は、出ていますが、ガンマ線の飛跡は見えません。ガンマ線は波長の短い電磁波です。ガンマ線は、電子と衝突(コンプトン散乱)し突き飛ばすのでその電子の飛跡が突発的に短く見えたりします。また、Cs134からはエネルギーが最大1.365 MeVのガンマ線がでていて、電子と陽電子を発生させる対生成が起きています。ただ、飛跡が見える霧箱の過飽和層が薄いので、電子と陽電子が対で見える飛跡は数が少なく、陽電子単独の飛跡が大半です。陽電子は電子の反粒子なので、電子に出会うと電子と反電子はたちまちガンマ線となって消滅します。そのガンマ線によって体内 被ばくが発生します。1回図6.ガンマ線による陽電子の発生

(写真の磁界の向き:鉛直上向き)

(f) Csの放射性核種の割合

汚染土壌に含まれている核種はアエラ6/27号掲載の「原発事故で出た放射性核種」のデータが正しいものとして概算してみると、セシウムCs核種が全体 の94%近くになります。また新たに放出し続けている放射線は不明でこれを考慮しなければ、事故から10ヶ月たち半減期の短いヨウ素やストロンチウム98 などの不安定核は無視できます。また、プルトニウムは半減期は長いが分量が0.003%と少なく、公表された数字の桁が間違っていなければ無視して良いこ とになります。霧箱のアルファ粒子の発生頻度を見る限りでは、大きな誤差はないように思われます。

「第2回霧箱で汚染土壌を見る」は修復中です。もう少しお待ち下さい。

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