Ⅰ.霧箱で汚染土壌を見る
東電福島の原発事故から半年後の2011年9月1,2日と福島市、伊達市、安達太良、国見を回り汚 染土壌を採取してきました。そして汚 染された土壌を手にして自分の手で霧箱で観察・分析を試みました。飛び交うマスコミ情報とは異なった「汚染」に対する現状認識を深められ れば、と考えたからです。
(第1回):土壌の採取場所、現地の様子、使用した霧箱装 置の説明。ビデオによる汚染土壌の映像の基本的な解説をしています。
2011年9月1,2日と自動車で土壌採取にでかけました。東京電力原発事故からまだ半年しかたっていなかったせいか、どこか、気分がそわそわしていました。具体的な採取場所は、図1の地図にあるように東北自動車道沿いの5カ所で、①安達太良山SA、②福島市街の中心にある簡易裁判所、③市街地から車で15分ほど東に位置する伊達市霊山町(セブンイレブン前)、④霊山町からさらに東の伊達市月館町、⑤仙台に向かう途上の国見SAなどです。( )内の数値はその場所のおよその空間線量率を示しています。
2.現地の様子
車で福島市街に入ったとき薄い陽射しが射していました。天気は悪くないのに、家の窓先やベランダに洗濯物・布団をほしている家が一軒もありません。街の風景から生活感がなくなっていて緊張感を感じました。市内のほとんどが空間線量率1~2μsv/hと高いので、風で舞い上がる汚染土壌のほこりが洗濯物に付着するのを恐れてのことだろうと思います。福島市街では②簡易裁判所の庭の土壌を採取しました。
福島市街地から東にある③伊達市霊山町では、コンビニのセブンイレブンの前の土壌を採取しました。空間線量率2μsv/h。この数値に驚く、われわれと対照的にセブンイレブンの店内では、何事もないかのように10人くらいの客が、静かに買い物をしていました。周りの人たちはだれもマスクなどしていません。われわれ2人はマスクをして店内に入り、周囲から完全に浮いてしまっていました。しかし店内では、そういうわれわれをまったく意に介さず、とても静かだでしたが、どこか変な静けさでした。
④安達太良山SAでは、測定器を持ち運ぶわれわれが気になるらしく、中年の男性連れが何度もわれわれを振り返って見ていました。芝生の土を採取しているとき、サービスエリアの掃除を担当している30代くらいの女性が汚染土壌の測定値を聞きにきました。「2~2.6μsv/h」の値を告げると「失望感と怒り」のような感情をこめて「――やっぱりね。」と言って立ち去っていきました。これが放射線に対してはじめてわれわれに見えた現地での表情でした。
突然、降って湧いたようにやってきた放射線とどう折り合えばよいのか、感情はおもてに出さないようにしているが、みんな当惑している。福島から避難する家族が、近隣に何も言えずに突然いなくなるという話をよく聞く。去る人も去られる人もその理由が分かっている。
3. 使用した霧箱装置
装置の基本構成はすでにビデオでもアップロードしているベータ線の見える霧箱と同じです。ただ、感度を上げるために次の2点を改善しています。
(a) 側面の布の面積を増やす。
(b) 霧箱の容器の底全体を冷やすために冷却フィンと容器の間にアルミの板を挿入。
(a), (b) いずれも、霧箱の内部の対流を遅くし、凝結する時間をより多く確保し霧箱の感度を上げるための処置です。ただ、これによってベータ線がよ く見えるようになると同時に宇宙線もよく見えてくるようになります。今回のベータ線の測定では宇宙線はノイズなので考察対象からカットしなければなりません。
4.汚染土壌の映像解説
サイトとユーチューブに汚染土壌から放出されるベータ線の映像をアップロードしました。その映像と一緒にこの「4.汚染土壌の映像解説」を読めば多少、わかりやすいのではないかと思います。参考にしてください。
(a) アルファ線
採取してきた汚染土壌の袋を霧箱の中に入れます。霧箱では、汚染土壌から時折太くよく目立つアルファ線が観察できます。この写真では、ベータ線はアルファ線の太い飛跡にかき消されてほとんど見えていません。霧箱のアルファ線の量は、通常の土壌などに含まれている微量のトリウムやウランなどから放出される量とあまり変わりません。これを見る限りでは、プルトニウムは存在しても微量なため霧箱で議論ができる量ではないと思われます。
(b) ラドンからのアルファ粒子
時折、何もないところから毛虫のような太いアルファ粒子の飛跡が突然でてきます。これは空気中を漂うラドンガスRn-220(別名トロン)がアルファ線をだしてポ ロニウムPoに変化するというよく知られた反応です。
(c) 宇宙線
汚染土壌の袋の位置と関係ない場所から細い飛跡がよく飛びかいます。このほとんどが電子、陽電子、μ粒子などの2次宇宙線と思われます。その中に、まれに高速の陽子ではないかと思われる飛跡もみられます。この飛跡の様子は、福島市街の簡易裁判所の土壌で実験中に偶然写しこまれました。かなり太い飛跡 が磁界にものともせずまっすぐ霧箱を横切っていきました。
(d) ベータ線
このようにさまざまな放射線が飛び交う中を汚染された土壌中のCsから放出されたベータ線がたくさん見えます。ベータ線の飛跡は、エネルギーの大きいものは直線の飛跡を描いて進みますが、エネルギーの小さい速度の遅いベータ線は、空気中の巨大な分子の影響を受けて右や左に蛇行して進んでいきます。
(e) ガンマ線
Csからガンマ線は、出ていますが、ガンマ線の飛跡は見えません。ガンマ線は波長の短い電磁波です。ガンマ線は、電子と衝突(コンプトン散乱)し突き飛ばすのでその電子の飛跡が突発的に短く見えたりします。また、Cs134からはエネルギーが最大1.365 MeVのガンマ線がでていて、電子と陽電子を発生させる対生成が起きています。ただ、飛跡が見える霧箱の過飽和層が薄いので、電子と陽電子が対で見える飛跡は数が少なく、陽電子単独の飛跡が大半です。陽電子は電子の反粒子なので、電子に出会うと電子と反電子はたちまちガンマ線となって消滅します。そのガンマ線によって体内 被ばくが発生します。
(写真の磁界の向き:鉛直上向き)
(f) Csの放射性核種の割合
汚染土壌に含まれている核種はアエラ6/27号掲載の「原発事故で出た放射性核種」のデータが正しいものとして概算してみると、セシウムCs核種が全体 の94%近くになります。また新たに放出し続けている放射線は不明でこれを考慮しなければ、事故から10ヶ月たち半減期の短いヨウ素やストロンチウム98 などの不安定核は無視できます。また、プルトニウムは半減期は長いが分量が0.003%と少なく、公表された数字の桁が間違っていなければ無視して良いこ とになります。霧箱のアルファ粒子の発生頻度を見る限りでは、大きな誤差はないように思われます。
「第2回、第3回霧箱で汚染土壌を見る」は、リンクが不全で工事中です。申し訳ありません。しばらくお待ち下さい。