By   2011年4月1日

 波動1.津波を教材にした屈折の学習

1.屈折でつまずきやすい原因

生徒にとって屈折現象は、身近であるため興味・関心の高いところですが、他方よくつまずく単元でもあります。
屈折の学習では「異なった媒質を伝わる波」と「ホイヘンスの原理」という二つの重要な考え方の理解が必要になりますが、生徒はなかなか媒質を伝わる波というものがまだ整理・納得できない状態のままで「屈折」の学習を始めざるをえない。こうしたケースが多いことが屈折の理解を難しくする原因の一つと思われます。

それを解決するために、筆者は屈折に先立って「異なった媒質を伝わる波」について、基本的理解を深めるための方法をいろいろ試行錯誤してきました。
その結果、津波を教材にすることで、屈折に効果的につないでいけることがわかりました。以下でその授業展開のあらましを、紹介したいと思います。また、大津波は百年というオーダーでくりかえされる災害ですが、この教材が自然の驚異の体験を一過性のものとせず継承していくための一助になれば幸いです。

2.異なった媒質を伝わる波の現象

波がスリンキーやウェーブマシンを伝わっていくとき、速さは媒質の状態からいやおうなく決定されます。振動数はドライバーによって自由に決定されますが、波長λは決定されたvとf の大きさに応じて自動的に決まってきます。それが異なった状態の媒質中を伝わっていくとき、v=f・λの関係式を満たしながらパラメーターの何が変化し何が変化しないのか、ということを多くの生徒は整理できないでいます。
そのためには、生徒に異なった媒質をまたいで波が伝わっていくとき、次の3つの事実をしっかり観察・確認できる実験の場を提供することが大切になります。

  1. 「媒質の状態の変化に応じて」波の速度が速くなったり遅くなったり変化すること(注1)。
  2. ひとたびつくられた波の振動数は、いくら媒質の状態が変わっても、大きくなったり小さくなったりせず、一定であること。
  3. 振動数が一定のとき、速さvが増すと波長λは大きくなり、速さvが減少するとλが小さくなること。

生徒が屈折の学習に難しさを感じるのは、こうした①、②、③が自明の現象として受け入れる前に、ホイヘンスの原理という新しい建物を構築しなければならないからだと思われます。

3.結合した2台のウェーブマシン

図1. 2つのウェーブマシンの結合→

次にこうした①、②、③の現象を提示することが可能となる実験装置について紹介します。
ウェーブマシンは、島津理化よりシャイブ式水平すだれ波動実験器としてロッドの長さが46㎝のものがの標準として販売され、学校によく普及しています。その標準版に加え応用版として、ロッドが半分の長さの23㎝のものも販売されています。

波が伝わる速度はロッドの短いマシンは、ロッドの長い標準のものより約3倍速くなっています。このスピードの速い水平すだれ式波動実験器は、インピーダンスの実験の応用装置として販売されています。ここではそれとはまったく違う使い方ですが、媒質の変化を演示するのにとても便利です。

実験装置は、図1のように2つの装置を連結して使っています。23㎝マシンのマニュアルには二つののマシンを結合したとき生じるインピーダンスのミスマッチに関連した実験例とその解説が丁寧に述べられていますが、通常A,Bのマシンのインピーダンスのミスマッチにより境界部で部分反射が発生しないようによくテーパーすだれを挿入して使います。

ここでは波長の変化を際立たせることが目的なので、あえてダイレクトに連結し、部分反射もここではとりあげないで話を進めていきます。実際の津波は、大陸棚において海岸線の深さが少しづつ変化し、それに応じて速度も波長もすこしづつ変化していきます。

津波のシミュレーションでは速度の変化や波長の変化を強調するために、大陸棚を省略し津波が水深がおおきい洋上から、突然水深が小さい岸辺にやってくるシチエイションにして演示実験をします。そのためにマシンA・Bをダイレクトに連結します。遅い46㎝マシンの終端に反射波が生じないように消波ダンパーをとりつけます。(消波ダンパーは、図1の右上)。

媒質の状態の変化によって速度を変化させる実験装置には、連結したウェーブマシンだけでなく他にないわけではありません。深さを変えたリップルタンクを使った水波の実験、2つの線密度が異なるロープをつないだ装置、同様のバネの装置などありますが、演示効果はどれも今ひとつです。

もっとも演示効果が高く説得力があるのは速さの異なるウェーブマシン2台を連結した装置だと思います。その理由は、ウェーブマシンは、波の運動スパンが広く減衰が小さい。そのため、波の速度が小さくなるに応じて波長も小さくなること、振動数が一定であることなど定量的に確認できるからです。

この装置を使いv、f、λがどう変化するかを津波の発生から伝播の過程までストーリー性を持たせ授業でとりあげています。津波を題材にすると、v、λ、fの変化が単なるパラメーターの変化だけではなく、自然の驚異に接した被災者の切々たる体験談によって物理現象がリアリティをもった存在として、学習者に大きなインパクトを与えてくれます。以下でその授業内容の展開例の要点を紹介します。

4.波のわき出し口と長波、チリ地震津波の導入

授業では、まず池に石を投げ込んだ場合、どのように波がわき出し周囲に伝播していくか、図示しながら説明します。図2の授業プリントの中の(1)の図は一見するとなんということもない普通の現象にしか見えません。(1)の図を見ただけでは山が割れて谷が生まれ、谷がわかれて山が生まれる様子がわからないので、その様子をチョークで色分けなどして生徒に波の湧き出すプロセスを板書していくのが効果的です。
次に図2の授業プリントのように長波と深海波と対比させながら津波の導入的説明します。もちろん直接、長波を導入しても差し支えはありません。ただ、長波の特徴を深海波のうねりなどと比較しながら説明をすると長波のスケールの大きさがわかるメリットがあるのでここではそうしています。

長波の波長が数百kmにわたるものがほとんどで、そのあとチリ地震津波のドキュメンタリービデオを生徒に紹介しています。

ビデオを見た後、水深4000mにおける波の速さをV=√gDから計算させます。津波の速さは200m/sとすぐ計算できます。次にチリで発生した津波が18000㎞離れた日本に到達する所要時間を計算
させます。そのとき太平洋の平均水深を4000mと近似値を使います。計算結果は、25hとなり直前に見せたチリ地震のドキュメンタリーなどで報道している所要時間22時間30分とかなり近い値がえられます。(→ビデオを参照)


図2.授業プリント

5.津波の発生と成長

図3.海底の地盤が隆起し、海水面も隆起し、津波が発生している→

次に、津波がどのように発生・成長していくか、という説明に入ります。地震が発生すると津波の発生現場では、多くの場合数十センチ程度海底の地盤の隆起あるいは沈降が起きます。それにともなって深さ数千mの海水が一斉に持ち上げられたり沈降することになります。これが数百㎞にもわたる海面で起きるのでただごとではなくなります。

そして海水表面に山か谷、場合によってはその双方の波が発生します。これが津波の発生の瞬間です。ちょうど池に石を投げ込んだときの波の湧き出し口が広大なスケールで発生したのと同じことです。

このことは最近多くの地震や津波のニュースや解説でよくとりあげられ、よく知られるようになったように思われます。そこから池の波の湧き出し口と同じように波が生まれ、周囲に伝播していきます。授業でとりあげている津波は、最近のものではなく、1960年5月のチリ地震津波の映像やデータを使って授業展開しています。それは、チリ地震津波の方が、津波の伝播の所要時間の計算から津波の速さを実感しやすいこともさることながら、被災者の冷静な証言によるドキュメンタリーの良質ビデオ映像、災害についての緻密な検証がなされ著作化されているからです。

6.津波の伝播

次に図4のような大陸棚を省略した断面図を描き、深海部D1の深さで発生した津波が、媒質の状態が異なる沿岸部D2の深さにおいて波はどう伝わっていくか、生徒に問いかけます(授業の板書では、λ2の波がまだ描かれていません)。深さが変化する境界面で、波の速度、波長、振動数がどう変化するかを2台連結したウェーブマシンを使い実験で確認していきます。クロスバーが短く伝播速度が速い23㎝のマシンは、津波が発生した深海部分とみなし、クロスバーが長く速度の遅い46㎝のマシンは水深が浅くなった沿岸部とみなします。


図4. 大陸棚を省略した津波のモデル

実験をしてみると、スピードの速いマシンからスピードが遅いマシンに波が伝わっていくと、波の速度がブレーキがかかったように急に遅くなることがはっきりとわかります。速度は約1/3に減少します。波長もあきらかに短くなることがみてとれます。図5のような演示実験を動画にして静止させると、波長が約3分の1の長さに変化していることを半定量的に確認することができます。


図5 結合したウェーブマシンの進行波の波長
波長λ1:λ2がおよそ3:1になっているのが読み取れる。

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次に速いマシンと遅いマシンのクロスバーの先端に目印をつけ(写真の白い目印)、速いマシンからメトロノームの音にあわせて「1,2,3,--」と数えながら送り、遅いマシーンの目印振動で同じ位相に着目すると、周期が同じであることが確認できます。

津波のドキュメンタリービデオでは、おばあさん(当時は少女)が裏山へ必死に走って津波から逃げ切った話が出てきます。生徒に「少女は、津波からなぜ逃げられたのだろうか?」と生徒に問いかけをする。生徒によってはすぐ気がつく生徒もいるが、さきに計算した200m/sという深海でのとんでもない津波の速さから離れられなくなっている生徒もいて反応はさまざまです。長波の速さの計算式をこんどは水深10mになった場合で波の速さを計算してもらいます。

ここで津波に速さ10m/sという計算結果が簡単にえられるので、このことから命拾いをしたドキュメンタリーの事実をよく説明できるようになります。日本海中部地震津波では、通りすがりの人が撮影した映像の中で必死に走って避難する様子も記録されています。生徒は、こうした計算結果によって計算式が絵空事ではないことを強く実感していくことができます。

7.屈折率の概念の拡張について

こうした事実の確認のあと、数式で次のことを確認します。
深海部D1において、
v1  = f1  ・ λ1 ーーー①
(大)(一定)( 大)
沿岸部D2において、
v2  = f2 ・ λ2 ーーー②
(小)(一定) ・(小)
が成り立つ。
実験で観察したように f1 = f2 なので
両辺を ② / ①にし、
v2 / v1 = λ2 /λ1 ≒1/3 ーーー③
(f1 =f2 一定)
が成り立つ。

すなわち、③式は深海部から沿岸部への媒質の変化で速さが1/3になると波長も1/3になるが振動数は変化しない、という意味で実験によって自明のものとしてと確認できたものです。また、③式は、波が異なった媒質をまたがって時間の経過とともにどう変化していったかを事後/事前の比で示しているので、屈折率とは逆数になります。媒質の境界面に直交して波が進んできている場合で③式に事前に到達しておくと、屈折率の意味が拡張される様子が生徒から見えやすくなります。

屈折率は異なった媒質の境界面に波が斜めに進入するときの屈折の様子を操作的に定義し、媒質に直交する場合は適用範囲の外になります。それがホイヘンスの原理を通して、入射角に依存しない関係式n=λ1 /λ2 = v2 / v1ーーー④ に到達すると、屈折率は、媒質の境界面で屈折するしないにかかわらず④式が適用でき、境界面に直交する場合にも拡張可能になります。

もちろん、ほとんどの生徒はこの屈折率の意味の変化に気がつかない、と思います。まじめに授業についてきた多くの生徒が、光路差が登場するところからよく怪訝な顔をします。光が薄膜に垂直に進入してくる薄膜の干渉は、津波と同じパターンで波は屈折しないが、短くなった波長λ2をあらわすのにλ1/nのように屈折率が入り込んでくるからです。ほとんどの教科書では、生徒に明確なコメントをすることなく、屈折率をこっそり拡張しています。生徒の反応は、びっくりしてそこで思考が止まってフリーズしまったり、その反対に丸暗記して何事もないかのように通り過ぎるのを両極に、さまざまです。こうした教科書の記述は、もともとわかりやすいところでない光路差を無用に難解にしていると思います。

このような問題を③式は整理していくための鍵の役割を果たすことができます。津波の実験を観察した生徒から見ると、③式は異なった媒質を波が伝わっていくときにvが1/3に変化したときλも1/3に変化しが一定であることを示した自明の式で、屈折率と無関係です。それがホイヘンスの原理から屈折率④式が導かれ、それが③式の逆数に等しいという出会いが生じる。これも屈折率と呼ぶという屈折率の論理的拡張に出会う局面になります。屈折率というのは、光が折れ曲がる度合いを示す現象の定義とばかり思っていたものが、媒質をまたいで伝わっていくときの波の指標の変化の意味にも屈折率が使われ拡張されていく場面に生徒は立ち会うことになるからです。
連結したウェーブマシンの実験は、異なった媒質をまたぐ波の変化の具体的イメージをつくるとことができるだけでなく、屈折の意味の論理的拡張まで数式の意味を見失わないで学習していける可能性が出てきます。

 

注および引用文献

(注1)生徒はすばやく媒質を振動させると、波はすばやく進んでいくとよく考えてしまう。この考え方は、媒質が波の速さを決定するということを考慮していないミスコンセプションとみることもできるが、他方振動数によって速さが変化する光の分散を考えればあながち間違いでもない。その点は光の分散まで授業展開上の教育的保留事項とすべきと思われます。

授業で使っている津波のビデオ


三陸沖津波ビデオ・高解像度MPGファイルダウンロード
大分以前に、入手しましたが必要部分だけを取り出してしまったため制作者がわからなくなりました。授業にとても有効なので大切に使わせていただいているものです。制作者の方を明らかにできず、申し訳ありません。
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