By   2014年5月6日

Ⅱ.霧箱(ベータ線)発展編

1.霧箱で見るX線を見る

▓ X線の作る飛跡のビデオ映像

この映像に興味を持たれた方は、下記の「解説」、「レントゲンとX線のリスク意識」を読むこと をお勧めします。

2. 魚形の飛跡(図1)

霧箱でX線はどうみえるのだろうか。霧箱の画面全体に小魚の群れが飛び図1.X線が霧箱に作り出した飛跡跳ねているような無数の飛跡が見えます。コンプトン効果の発見者のコンプトンはノーベル賞受賞講演の中でこれを「魚形の飛跡」と呼んでいます。 画面の中の下には1㎝スケールがあります。これと魚形の飛跡を比較すると飛跡の長さは、最大で1㎝程度の長さであることが分かります。図2は実験装置の写真です。 左下にある2重コイルから中央にあるクルックス管に高電圧を加えています。そのためクルックス管で放電がおき、X線が発生します。X線が右下の霧箱に照射 され、図1のような魚形の飛跡が発生します。 このとき、霧箱の中はエタノール蒸気

で満たされ下から液体窒素かドライアイスで冷やしていなければなりません。

3. 魚形の飛跡ができるのは何故?霧箱X線実験セット小

無数の魚形の飛跡はX線そのものの飛跡ではありません。X線がはじき飛ばした高速電子の飛跡です。 X線は酸素原子や窒素原子などの電子と衝突し、電子に運動エネルギーを与えます。X線は、その分だけエネルギーを失います(散乱X線)。 X線にはじき飛ばされた高速の電子のことを「反跳電子」と呼んでいます。われわれが見るのはX線の通ったあと(右図の青の矢印)ではなく、X線がはじき飛ばした反跳電子の作る魚形の飛跡(右図の赤の矢印)です。

4.反跳電子の運動図3電離説明

次に反跳電子がどのように魚形の飛跡を作っていくのかという点を説明します。反跳電子は進路の近傍の原子の中の電子をはじき飛ばし(電離し)ながら運動エネルギーを消費していきます。そして反跳電子はエネルギーが続く限り多数の電子(あるいは原子と結合してできた負のイオン)と電子を失った正イオンを作り続けます。 そのイオンを核にエタノールの凝結現象がおき、1㎝ほどの魚形の飛跡が発生します。 そして反跳電子は、周囲を電離しながら1㎝程度進み、電離能力を失います。飛跡はそこで途切れ、反跳電子は運動エネルギーの小さい熱電子になります。 空気中ではこれで終わる話ですが、これが生命体の内部だと電離によって細胞は化学

結合を切断されることが起き、ここから放射線障害の問題がスタートします。

5.レントゲンの実験装置図4.X線霧箱の飛跡の説明改

今回の実験装置の場合は、電圧約70KVを加えクルックス管でX線を発生させています。レントゲンは初期の実験(「第1報」執筆時)には、クルックス管に50~70KV電圧を加え管内の気圧は、0.5Torrという記録があります。今回実験に使ったクルックス管と電圧は同じです。管内の気圧のデータは確認できませんでしたが、装置の性能はかなりレントゲンの実験装置に近いと思われます。 レントゲンは、写真にあるような無数の魚形の飛跡をつくっているX線に手や体をさらし、体内で電離作用を受けながら日夜実験に没頭し、2週間ほどで手に火傷を発症するにいたったと思われます。

6.火傷の発症と反跳電子のエネルギー

X線によって火傷を発症した手は、赤外線などの熱線で直接手を焦がして火傷を起こしたのと根本的に異なっています。 X線が作り出した反跳電子の飛程は空気中で1センチ程度で、体内ではその千分の一の10ミクロン程度になります。10ミクロンは小さめの細胞のサイズです。こうしたことからX線は皮膚の表皮にしか損傷を与えないと、よく誤解されますがそうではありません。反跳電子の飛程は10ミクロンですが、そのスタート地点を決めるのはX線が電子と衝突する場所なので、皮膚表面で一斉にすべてが反跳電子になるわけではありません。反跳電子が10ミクロン進むスタート地点は、皮膚の表面の場合もあれば図5.火傷、体内の場合もあり様々です。体内でX線が反跳電子になった地点から10ミクロン周囲を電離しながら進みます。赤外線による火傷はもっぱら皮膚表面から焦がし損傷するだけですが、X線による火傷は皮膚の表面と同時に内部でも損傷を引き起こし皮膚の再生能力を破壊したり、潰瘍やガンを発症させる可能性があります。

7.魚形の飛跡は安全だろうか。

霧箱の内部で飛跡ができた範囲は電離現象がおきている範囲を示しています。細い飛跡では非常に狭い線状の範囲が電離が起きてるエリアになり、太い飛跡ではその広いエリアで電離がおきていることを意味します。無数の魚形の飛跡の長さはせいぜい1㎝なので、ガンマ線が電子を突き飛ばした数十㎝~数メートルの場合と比べるとかなり小さい値です。しかし、魚形の飛跡はγ線の反跳電子の飛跡より太く鮮明に現れる特徴があります。 これは、魚形の飛跡は短い空間にγ線の場合よりはるかに濃密に電離現象引き起こしているからです。たとえてみれば、魚形の飛跡は狭い空間に小型爆弾を集中して投下するように、狭い範囲では細胞に対して化学結合を高密度で切断していきます。γ線は低密度に広いエリアに爆弾を投下しているのに似ています。X線による、あるいは低エネルギーのβ線にもかかわらず皮膚損傷の激しさは、こうした物理的原因によるものと思われます。 エネルギーの大小と身体に及ぼす危険性の大小は必ずしも比例していません。物理ではそれを考慮してよく「単位長さ当たりの(放出)エネルギー:LET(線エネルギー付与)」という概念を使います。1センチ当たりどれだけのエネルギーを放出しているのか、たとえると1メータ当たり何個の爆弾を投下していくのか、という指標です。この大きさによって局部の危険性を正確に評価できるようになります。「単位長さ当たりの(放出)エネルギー:LET」という観点からすると、小さな魚形の飛跡の群れは、実はその局部での細胞にとっては化学結合を食いちぎる危険なピラニアの群れと見ることができます。

             y.mori( 2014.4.4)

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