By   2015年10月10日

なぜ起きる、「重さ・重量・質量」の混乱(その2)

森 雄兒

■2.「重量、重さ」についての「物理用語」と「経産省・用語法」

現在「重さ」、「重量」という言葉は、物理学だけでなく国際度量衡会議声明においても「力、重力」という意味に明確に定義されて使われています。中学・高校・大学の理科や物理の教科書も、この定義に従って記述され、教育が展開されています。塾の教師・WEBサイトのベストアンサーにいたるまでこれに従って、子供達の質問に答え、回答が書かれています。

これに対して、経産省(当時は通産相)は(新)計量法の施行を前後して「重さ」、「重量」などの言葉を「質量」と同じ意味と見なして使用し始めます。このときその旨を国民に向かってあらためて表明するべきでしたが、それをしませんでした。そのため、ほとんどの国民が知らないうちに計量法関連の法令の条文などでも「重さ、重量」の言葉は、「質量」の意味で使われ、生活の場に浸透していきました。この意味の転用・付け替えを以下では、便宜的に「経産省・用語法」と呼ぶことにします。とても大切な点なので、再度その内容を確認します。

・物理の学術用語:「重さ、重量」(weight)=「重力、力(force)」
・経産省・用語法 :「重さ、重量」(weight)=「質量」(mass)

従って、物理学会や関連する学術団体においてもすべて「重さ、重量」は、「重力、力(force)」の意味ですが、経産省発行の文書の場合には本当の意味を知るためには「重さ、重量」はいちいち「質量」の意味と読み換える解読が必要になりました。

こうしてわれわれは現在、公教育の場においては「重さ、重量」の意味が文科省・学術団体の物理の学術用語を使い、他方の市民社会・生活の場においては、知らない間に意味が付け替えられた「経産省・用語法」を使うという一種の2重言語状態におかれることになりました。この影響が、本格的に始まったのは、(新)計量法が全面実施された1999年10月1日以降です。

上記の2重言語状態によってどういうことが起きるのか、具体例をあげて説明してみましょう。
たとえば、
①「荷物の重さは、10kgです。」
②「その荷物の重さはいくら?」
という2つの文章があるとします。

この①の文章は、公教育の場では物理の初歩的なことを誤解した中・高校生によく見られる誤った文章とみなされます。
物理では荷物の「重さ」の意味は「重力や力」なので10kgという「質量」の単位ではなく、10kg重(注1)や98N(ニュートン)という力の単位で答えなければなりません。
逆に10kgが誤りでないとするならばそれは10kgは「質量の単位」ですから、「重さ」を「質量」という用語に修正し「荷物の質量は、10kgです」、と言わなければなりません。
他方、①の文章は、経産省用語法を駆使する経産省や総務省の役人が書く文章に見ることができます。たとえば郵便局の料金表のパンフレットなどには、法令にもとづいて、「郵便物の重さ、10kg」などと堂々と書かれています。公教育の場においては、これは物理学での初歩的誤解をしているケースになります。ところが、荷物の「重量、重さ」は経産省用語法では「質量」の意味なのでそれを読み換えると、「荷物の質量は10kgです。」と解読され、意味が豹変します。
しかし、ほとんどの人は、経産省発の「重さ」という言葉は、暗号のように「質量」の意味に読み換えなければならないことを知らないので、ここで質量、重さ、kgなどの使い方・意味がどうなっているのかわけがわからなくなってしまいます。

次に②「その荷物の重さはいくら?」という文章の場合はどうでしょう。これは、もし理科の先生からカバンを指して問われたのであれば、「力、重力」の大きさがいくらかを聞かれていることになるので、力の単位である10kg重や98N(ニュートン)の単位で答えなければなりません。ところが、経産省の役人に同じ質問をされた場合には、経産省・用語法で「重さ」は「質量」の意味なので、カバンの「質量」の分量を聞かれている意味に読み換えて単位の記号は「kg」を使い、たとえばカバン「10kg」のように答えなければなりません。

このように「重さ、重量」という言葉は、その文字、用語から判断するのではなく、誰が書いたのかということから判断しなければなりません。その文章を経産省の役人が書いたのか、学校の物理の先生が書いたのかで、読み解き方を変えなければなりません。まるで身分制度が強固な封建社会の喜劇でも見ているようです。

すでに物理をマスターし、こうした事情を知っている人は、不可解な文章は経産省用語法で書かれているかもしれないと思って、その意味を読み解きますが、いま理科や物理を学ぶ途上にいる人にその解読を求めるのは無理な話です。また、誰も、そんなことを読み解けるようになりたいと思う人はいないでしょう。しかし、いまこうした混乱の渦中に理科を学びたい子供達や成人の受験者は絶えず直面しているのです。

そしてこんなことが起きてから、もうかれこれ15年以上も放置されつづけています。何故、経産省はわざわざこうした煩雑な意味の付け替えをするのでしょうか。それによって、一体どういう有意義な事があるのでしょうか。これが次の問題です。

(注1)「kg重」の単位について
「kg重」は「重さ、力」の単位です。長い間、商品取引に使われてきたとても便利な単位でしたが、1999年(新)計量法の全面実施に伴い、商品売買に使用することを禁止されました。しかし、日常生活で使うことまで禁じられているわけではありません。多くの学会において、この単位で論文を報告することもできます。しかし、なぜか文科省はkg重の単位には害があるかのように中・高校の教科書からこの単位を一掃してしまいました。
2015.11.18 一部修正

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