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・教育と季節風 ・いま教育のすがたは? ・質量と重さの単位:第一回『スカイラブで、宇宙飛行士の質量は、どう測定されたか』
2008/10/01



いま,教育のすがたは?

[1] ゆとり教育からあたらしい方向へ,また流行のように学習指導要領を変えようとしている。落ちこぼれ,国際的学力低下,理科離れ,登校拒否,指示待ち研究者の増加。そして生きる力が必要だとか,応用力が必要だとか,サイエンスリタラシーが必要だとか,さまざまなことが言われている。
[2] 政治家は,よく社会問題を教育問題に還元したがる。いじめや殺人事件の荒廃とした世情から教育に徳育教育が不十分だと力説する。しかし,財政支出がともなう1クラスの生徒の人数を減らすことには関心がとても低い。政治家は,自分たちに,たてつかないどこか従順な国民を金をかけないでつくりたいのかもしれない。
[3] 財界・産業界は,このグローバル化の荒波を乗り越えるための学校教育の改造になみなみならぬ力を入れている。企業が国際競争に勝ち抜かねば社員をリストラせざるを得なくなり,死活問題だろう。
 そのためには,あたらしい企画をたてられ,時代の方向性を見通せる人材育成の教育が必要である。また同時に,教育の最低レベルは保証した大衆の教育も必要になる。
 スーパーサイエンス・スクールや飛び級制度,大学改革等に見られるようにリーダーシップを握るトップエリート教育にすでに相当のお金をまわしている。同時に大衆教育は学習指導要領に権威を持たせそれをバイブルにしてトップダウン方式の教育を推進している。基本的にサッチヤー政権がはじめた改革をそっくり手本にして,日本での格差社会を効率よく再生する教育システムの実現がそのイメージとも言える。

[4] 子どもたちに自立した人生をスタートしてもらいたい父母にとっては,どうだろうか。わが子に豊かな生活を望まない親はどこにもいない。また,今より貧しい生活レベルへ転落することに手をこまねいている親もどこにもいないだろう。どの親も子どもが貧しい生活から自尊心を傷つけられる人生を送らせたくないという思いは,痛切ではないだろうか。
 その親たちが真っ先に感じる問題は,所得の高い層の子どもがトップ校へ入学し,所得の低い子はとそれよりレベルの低い学校へ入学する傾向が強まっていることだろう。しかも一度,下流におちてしまうと,そこからぬけだすことがとても困難になりつつある。親の所得格差がそのまま子どもの教育格差をもたらし,またその教育格差が子どもの所得格差を決定していく関係が固定化する方向に現在ますす進みつつある。こうしたことから世の親たちは教育問題に相当のストレスを感じているだろう。

[5] 社会階層の分化とその固定化は,教育問題と言うよりは社会問題そのものである。医者,弁護士,国家官僚,議員などが親から子へとあたかも世襲制のごとく社会的地位を維持・伝承していくためには,「教育」の果たす役割はとても大きい。
 ただ,くれぐれも誤解してはいけないのは,このときの「教育の役割」とは「人間をのばす教育の役割」という意味ではなく,「人間をあきらめさせるための教育役割」という意味も含まれてくることである。
 とても多くの人が,このところ「教育」の意味をなしくずしてきに拡張しはじめてきている。本来の「教育」は人間のプラスの面を伸ばすことにある。そのために多くの時間と着実な努力が必要であり,特効薬のような方法はどこにもない。しかし,「教育」は,やり方によっては人間に希望を失わせたり,自分の能力に失望させたり,夢をあきらめさせたりするのにおおきなな効果を短時間で発揮させることもできる。教育の怖いマイナス面である。日本の教育は,このマイナスの教育ともいうべき役割をより効果的に機能するシステムへ着々と変えられつつある。
 
[6]マイナスの教育が子どもたちの人生に与える時期がどんどん早まってきている。この20年間の間に学校の格差を広げ,高校から中学,中学から小学校へ早い段階へと競争がより徹底的にもちこまれてきた。子どもたちはじっくり勉強をしているどころではなく,追い立てられるように物事に取り組まざるを得ず,教育の場にストレスが常駐するようになってきている。こうしたマイナスの教育システムを通して,子どもたちは早めに自分の将来の夢や自分の能力をあきらめる結果をもたらされている。
[7]わが子にはやばやと希望に満ちた将来を断念させたくないと思い,塾や予備校に通わせ受験競争にのめりこむのは,基本的には親たちが教育の甚大なマイナス効果からわが子を守るための行動といっていいだろう。そして,いまは教育のマイナスの効果を回避するために奔走する親や子どもたちにいかに手をさしのべ,協力するかが望ましい「学校教育」の姿であるかのように誤解されつつあるようだ。
 最近ついに,公教育の中にまで塾や予備校が入り込み,教育の混乱はただごとではなく,ここにきわまったかもしれない。