Category Archives: 重さと質量の混乱

なぜ、起きる「重量、重さ、質量」の混乱(その6.最終回)

By   2015年11月15日

なぜ、起きる「重量、重さ、質量」の混乱(その6.最終回)

森雄兒

■6.「重量、重さ、質量」の混乱回避の対策


これまで議論してきた「重さ、重量、質量」の混乱の原因をまとめれば、次のようになります。

日本では(新)計量法によって、SI単位を国家が丸呑みしたために、私たちは知らない間に商品売買を「重さ」から「質量」で行うことを国家から義務づけられることになりました。しかしこの一大転換によって国民に混乱が起きることを予想した経産省は、「質量」という言葉を「重さ」と言う言葉に置きかえて使い始め、「質量」が国民から見えなくなるように偽装してしまいました(経産省・用語法)。(新)計量法のSI単位では「大根の質量:3kg」とすべきところを、経産省・用語法を駆使して「大根の重さ、または重量:3kg」と言葉のつけ替えが行われました。経産省は、国民に対して(新)計量法になっても(旧)計量法と変わっていないかのように、国民を誤解させ混乱をのりきる方針をとりました。しかし、公教育の場ではこのような用語の偽装はありえませんので、生活の場での経産省・用語法と公教育の場での学術用語が食い違いが生じ、理科や物理を学ぶ人達に当然のように混乱が広がっていきました。
こうしたことが原因で理科や物理を学ぶ生徒のみならず、再度物理を学ぶ社会人の間でも「重さ、重量、質量」の混乱が発生し、今もそれが続いています。

最終回では、この対策をどうするべきかを考えてみましょう。経産省・用語法は、即刻廃止するべきなのは当然ですが、問題は経産省・用語法を廃止したあと「どういう方向に向かうのか。」という問題があります。廃止後の方向には、2通りあると思われますので、そのことについて以下で検討して見ましょう。

□第一の方向――「正しいSI単位化へ?」
第1の方向は、経産省・用語法を廃止し、国際的に通用する正しいSI単位「質量:kg」で商品売買を実施するということです。通産省・SI単位等普及推進委員会でkgの用語を明確に規定しない、と打ち出した荒唐無稽な方針を廃止し、「重さ、重量、(体重):kg」は誤用であり、「質量:kg」のみが正しい規定と明確にします。そして「重さ、重量、(体重)」は、物理学の定義通りに「力や重力」の単位の用語に戻します。
これで国内のSI化は、国際的にも通用するものとなり、物理学の用語との食い違いも一掃されます。「重量、重さ、質量」に関して子供達の教育の混乱を政府自らが助長してきた異様な状態もとりあえず歯止めがかかる方向に向かいます。

さて、次に問題になるのはこうしてここで正式なSI化がなされると、すでに何度もふれてきたように私たちは生活から「重さ」の言葉を喪失することです。それは、「重さ」の言葉の裏付けである「重さ」の単位がSI化によってなくなるからです。例えば、重さ2kgの手荷物、重さ100kgの太った人、重量200kgのピアノ、という当たり前の言い方は社会的に誤用あるいは支障が生じるようになります。そういう問題が起きないようにするためには、次のように「重さ」を「質量」に修正されなければなりません。

質量2kgの手荷物、質量100kgの太った人、質量300kgのピアノ、

単位のSI化がもたらすこの言葉の世界はいかがでしょうか。ここには、まるで感性が欠如した空虚な言葉の風景が広がっていませんか。SI化によって商品売買に使える「重さの単位」を失うということは、こういうことなのです。国民全員がまるで言葉の重さを失い無重量状態でふわふわ浮遊している状態を想起させる言語感覚です。もし、はじめからこうなると分かっていたら、大反対の声があがったことでしょう。経産省は国民のそういう猛反発を見越して、(新)計量法をなにがなんでも施行させるために経産省・用語法で「質量」の言葉を「重さ」という言葉で偽装を行ったのだろうと思います。

しかし、その行為は「重さ」の単位はなくなったにもかかわらず、「質量」という看板に「重さ」という即席の張り紙を貼っているようなものです。この底抜けの安易さには、言葉と文化に関する知見がどこにもみあたらないと言わざるを得ません。現在、私たちがおかれている場所は、経産省・用語法で「質量」という言葉が遮蔽されているそういう場所です。

この現状は経産省・用語法を駆使して誤解を誘導され、「質量」概念の偽装によって主権者である国民の意思は、まったく無視された結果です。従って、この問題は主権者である国民の意思をあらためて確認しなければなりません。「本当に日本の国民が<質量>概念で商品売買するシステムを受け入れるか。」、「生活の中から<重さ>という単位(用語)が本当に消滅しても良いのか。」という国民の意志の確認が必要です。

計量法においてその目的を以下のように記述しています。
(目的)第1条この法律は、計量の基準を定め、適正な計量の実施を確保し、もって経済の発展及び文化の向上に寄与することを目的とする。

ここには、単位はたかが数量を数えるだけの道具ではなく、単位は私たちの精神的生活と密接に関連した大切な文化的存在でもあることが明記されています。経産省・用語法を廃棄した後に、進むべき方向は、正しいSI化を受け入れるか否かは、経産省ではなくわれわれ主権者である国民が意志決定すべき大切な問題です。

次に「正しいSI化にNO!」という国民の意思が表明された場合、その先一体どうなるのかということについて検討していきます。それが第二の方向です。

□第二の方向――「部分SI化と重力単位の復活」
SI単位それ自体は、物理系とその周辺分野の人にとってはとても有能で緻密な単位と高く評価されていますが、その他の研究分野からは必ずしもそうではありません。また、すでに明らかになったように商品売買の単位として、SI単位には致命的欠陥があります。経産省がSI単位化による混乱回避のために「質量」用語の偽装へとハンドルを切った背景には、「質量」概念でしか商品売買ができないSI単位の致命的欠陥を彼らがとてもよく理解していたからです。

米国の国民においても、最近このSI単位の欠陥が浮上しつつあるようです。日本のようなこれほど徹底的にSI化の問題点が隠蔽されてしまう現象が、どの国でも起きているわけではありません。日本は尺貫法から全面的にメートル法へシフトしたあと、SI単位に移行している事が悪用される結果になってしまいました。しかし、メートル法を全面的には受け入れず、ヤード・ポンドを生活や商品売買に残している米国の国民にはこの「質量」を「重量や重さ」という言葉で偽装するトリックは通用しません。

その理由は、全面SI化による変化は日本のように「kg(力)→kg(質量)」ではなく「重量ポンド(力)→kg(質量)」になるので、用語の変化を日本のように「重さ(力)→重さ(質量)」と経産省・用語法で偽装し、隠蔽することができないのです。米・英の国民にとってSI化とは、「重量ポンド(力)」を捨ててSI単位の「質量」への移行であり、単なる単位の換算の問題ではなく、未体験の「質量」概念で売買を義務化される大転換であることが丸見えになるのです。

(新)計量法施行時(1992年)に日本の国民は「質量」の言葉の偽装を三笠論文で指摘・警告されてもほとんどの人がこのことを理解できませんでした。ところが、英米の国民は、フートポンド系からSI単位を見ているため、そういう論文がなくてもSI化がもたらす結果があからさまに見えてしまうのです。

こうしたことから、英米の国民は「質量」概念を毎日の売買過程で義務化されることを本当に受け入れるのか、「重さ」の単位を生活から本当に手放すのか、という意志決定をはじめて主体的に判断できる国民になると思われます。そして、当然のことながら米国ではそのSI化に反対を表明する国民の運動が起きています。

20世紀の中心は核の時代で物理がその中心に位置していましたが、21世紀は明らかに生物・環境が中心になるという見方が大勢です。SI単位は、その20世紀の物理には最適でしたが、21世紀の生物・環境には必ずしもそうではありません。しかもSI単位の「一量一単位」という理想が、硬直したシステムであるということは研究者から指摘されている通りです。「一量一単位」というのは、例えば「速度」という量を「m/s」という一つの単位に限定し、原則として非SI単位を排除するスタンスをとります。これは単位を思考の道具として未知の現象の解明のために、多様な単位を駆使していく研究者にとっては有害な制約です(注5)。どちらかというと「一量一単位」は特許事務のような多様な単位に悩まされる単位の管理業務をルーティンワーク化したい役人にとっては夢のようなシステムともいえるでしょう。

現在は、まだSI化の問題点を深刻には受け取れず、経済のグローバル化の波に取り残されないようにフランス発のSI化を漠然と支持している科学技術者が多数のようですが、SI単位の運用方法も含めて冷静に判断するようになれば、見方は大きく変化していくと思われます。もし、「一量一単位」や「全面SI化」という硬直したシステムが廃棄され、柔軟な部分SI化が推進されれば、従来どうり多様な単位の共存が可能となり「質量の偽装」や無理に「質量」で商品売買する冒険的試みもする必要がなくなります。

「質量」で商品売買することを断念し、商品売買には最も有能な重力単位系を復活させることになるでしょう。(経産省の偽装によって、国民は(旧)計量法のまま変わらないと説明されていますので、それを偽装ではなくその通りに実現するということでもあります。)

もし、こうした第2の方向に日本が進んで行くとすれば、「用語」は修正せず単位「kg」を「kg重」という重力単位に修正するだけで混乱をすべて収束させる事ができます。たとえば、
「大根の重さ、重量、(体重):3kg」→「大根の重さ、重量、(体重):3kg重」
というようにです。

中・高校生の読者は、この小論を通して読むのは大変かもしれません。そこで(1)、(2)、(6最終回)と読んではいかがでしょうか。(3)、(4)、(5)を飛ばしても筋がよく見えると思います。もう少し、詳しく知りたくなったら(3)、(4)、(5)をあとで読むのもよいと思います。今は、(1)(2)、(6最終回)と読み継ぎ、対策まで論理的に納得しながら到達して、これからどうするかを自分で判断することが大切だからです。

(注5)「それらは文末に括弧書きで示した非SI 単位による表現に比較して,直観性が低く分かりにくい」一例を引用します。茂野博(2004.11)「地球科学分野における国際単位系(SI)の使用:問題点と解決策
「(1)水深100 m の水圧(大気圧分を含めて)は,概略1.1 MPaである(~11 atm).
(2)海水の温度を30℃上昇させるには,1ℓ( リットル)あたり概略126 kJ の熱エネルギーを要する(~30 kcal).
(3)太平洋プレートは日本列島の下に概略3.2 nm/sの速さで沈み込んでいる
(~10 cm/y).
(4)今回の大地震の規模(地震波動エネルギー)は,概略63 PJ であった(~M 8.0).」

(参考文献)

1.法務省:計量法
2.法務省:民間事業者による信書の送達に関する法律施行規則
3.法務省:道路運送車両法
4.産業総合技術研究所・計量標準総合センター「国際単位系(SI)は、世界共通のルールです」、http://www.nmijjp/
5.通商産業省SI単位等普及推進委員会(1999):新計量法とSI化の進め方-重力単位系から国際単位系(SI)へ-.(http://www.meti.go.jp/topic/downloadfiles/e90608kj.pdf)
6.三笠正人(1992.5.9)「国際単位系への統一に反対」信濃毎日新聞、
7.茂野博(2004.11)「地球科学分野における国際単位系(SI)の使用:問題点と解決策」、地質ニュース603号,25 ― 33頁,
8.兵頭俊夫(2002):教科書検定の問題点.日本物理学会誌,57,154-158.(http://maildbs.c.u-tokyo.ac.jp/̃hyodo/Edu-Report2002/node30.html)
9.多賀谷宏「これからのメートル法-ヤードポンド圏からの離陸支援を」  https://www.keiryou-keisoku.co.jp/today/kijistock/tagaya/tagaya07.htm
10.重さと質量に関するさまざまなブログ。
例えば、http://blog.livedoor.jp/airtouch/archives/4011201.html
11.日本物理教育学会「物理教育用語集」
12.国際文書第8 版(2006 年)「国際単位系(SI)」
13.森雄兒「重さがなくなった物体の性質」、サイエンスの森、http://sciwood.com/mori-column/mass-weght-collum/
14.海老原寛(1994)「単位の小辞典」、講談社サイエンティフィック、
15.朝日新聞大阪(1992年11月14日)「計量単位、国際単位系へ、」、
16.「どう教える?国際単位系への移行」(1992年07月17日)
17.小佐野正樹(2011.10)「教科書の重さ学習と物の重さ」、理科教室、8ー15
18.板倉聖宣他(1978)「ものとその重さ」、国土社、
19.和田純夫他(2002)「単位がわかると物理がわかる」、ベレ出版、
20.日本機械学会(1975)「JIS機械工学便覧」、日本文化出版、
21. 森雄兒(2015)「(新)計量法が重さと重量に及ぼす意味の変容」APEJ通信No.161,p10―22

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なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その5)

By   2015年11月1日

→なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その5)

森 雄兒

■5.(新)計量法についての逆の説明

市民にとっての(新)計量法とは、すでに述べたように「重さ」の単位を使用禁止にし、「質量」概念で物品売買を行う一大転換を義務づける法律でした。当初からそういう視点で(新)計量法の実施を理解していた一人である三笠正人は、いくら「日本のように教育レベルの高い国でも――」と実施に否定的な見解を述べていました。その理由を「質量という概念は、人間の思考の産物としての抽象概念である。長さ、時間、温度、力といった量のように、直接の観測・実験では測れない。人間には物の重量、すなわち力は感じられるが、質量は感じられない。」(三笠正人「国際単位系への統一に反対」、信濃毎日新聞、1992.5.9)と述べています。
筆者の物理を教えた体験から推測すると、「質量」を理解している高校生は残念ながら全体の20%を超えることはまずないと思われます。質量教材の貧困という影響も否定できませんが、体感できる「重さ」とそうでない「質量」概念のとの間には大きな壁が存在していることがその原因だと思われます。

そうした現実の中でなお日本の国民全員が「質量」概念で商品売買を行うことを政治的に決断したのが、国民にとって(新)計量法の立法の意味でした。その実現を本当に目指すのであれば、まず(旧)計量法を明確にリセットし、その上に新しいシステムを構築するためのルールを国民に伝えていかなければならなりません。そのために、明確にしておかなければならない、必須の事柄が4つあります。

1.商品売買で「重さ」の単位が使用禁止となることの明確化。
(重さの単位としてのkg、kg重、kgwの単位の使用禁止。)
2.「kg」の記号は、「質量」の用語以外の組み合わせで使用しないこと。
(「重さ」と「質量」の混乱に終止符を打つために重さ:kgは使用禁止)
3.「質量」概念で商品売買が行われることの明確化。
4.「重さ」、「重量」の単位であるN(ニュートン)は、商品売買には使用できないことの明確化。
(SI単位では、商品売買のための「重さ」の単位がなくなることの確認。)

1、2は(旧)計量法を廃止するに伴い、過去をリセットするための内容で、3,4は(新)計量法によって国民が新しく受け入れなければならない内容です。
こうした内容の公知・啓蒙は、物理教育学会、物理学会、初等・中等課程の理科教育関連学会の協力を得て国を挙げて実行されなければ不可能です。しかし、経産省は、理科教育・物理教育の専門家集団にこうした協力を要請することはなく、SI単位等推進委員会の26名もの業界代表のなかに、教育関係者は文科省教科調査官1名を参加させるだけでした。そして国民に向かって必須の公知すべき1,3,4の内容については沈黙し、3については「重さや重量の単位:kg」を禁止するどころか逆に積極的に使いはじめ、「質量」と「重さ」を混乱させながら(新)計量法の全面実施に突入していきました。一体これで経産省は、国民に向かって(新)計量法のことをどう説明をするのだろうか。経産省の行動は誰しも理解に苦しむと思います。以下にその具体例を紹介してみましょう。

1992年11月14日付けの朝日新聞に掲載された、経産省の説明があります。
記者の質問に対して答えているのは通産省・機械情報産業局計量行政室長・津田博です。ただ、この説明は、「経産省用語」で語られているため、その事情に通じていなければ、説明文の内容を誤解し混乱してしまいます。そのため引用文のあとに、筆者が問題点とそのコメントを行いました。また引用文中の( )内の言葉は筆者が補足しました。

[朝日新聞記者]
(新計量法によって)使い慣れた単位を変えると、市民生活に混乱はありませんか。
[通産省・計量行政室長]
「体重に使う単位のキログラムが使えなくなり、9.8倍したニュートンになるという誤解があったようですが、体重は質量を表すので単位は変わりません(下線①)。また、エレベーターの重量表示も積載できる質量を表すのでキログラムのままです(下線②)。力を表すときに使う重力単位は、普通の生活にはあまり登場しませんので、一般の市民生活にはさほど影響はないと思います。改正に伴う対応は、産業界を中心にしたものになります(下線③)。」

まず、下線①、②、③にわけて経産省用語を解読し、そこにどういう問題点が隠れているのかを確認していきましょう。

(下線部①へのコメント)
「体重に使う単位のキログラムが使えなくなり、9.8倍したニュートンになるという誤解があったようですが、体重は質量を表すので単位は変わりません(下線①)。

(旧)計量法において重量、重さ、体重など(=力)に使っていた重力単位のkgやkg重が(新)計量法ではニュートンになるのは、誤解などではありません。物理の正しい常識です。ただ、この文章は物理学者が書いたのではなく、経産省の役人が書いた文章ですので、経産省・用語法で解読しなければなりません。すでに説明したように、経産省の役人が「重量や重さ、体重」と言う言葉を発すると、それは「質量」の意味に読み換えなければなりません。だから、「体重の単位」はニュートンではなく「質量の単位」のkgになるというしかけです。
(旧)計量法での「体重や重さの単位は、kg(力の単位)でした。」(新)計量法でも経産省・用語法を使うと、「体重や重さの単位はkg(質量の単位)です。」となり、( )内の意味は変わっても表面上は同じになります。
それにしても、なぜそういう煩雑な意味の付け換えまでして、小手先の表面上「変わらない」という主張に拘泥するのでしょうか。

(下線部②へのコメント)
エレベーターの重量表示も積載できる質量を表すのでキログラムのままです(下線②)。
この文章を読むと、もとから「重量」表示は「質量」の意味であったかのごとくに誤解させかねないので注意が必要です。「経産省・用語法」では、「重量=質量」(weight=mass)なので、それに合わせて「重量」の単位の記号も「N」(ニュートン)ではなく「kg」につけかえなければなりません。ちなみに、「重量=質量」という「経産省・用語法」は物理学の定義のみならず国際度量衡会議の声明でも、こういう定義は勿論存在しません。こうした特異な言葉の使い方をすることを明確に釈明することもなく、国民にむけた(新)計量法の説明の場面で平然と使用する行為はまったく信じがたいことです。
(下線部③へのコメント)
力を表すときに使う重力単位は、普通の生活にはあまり登場しませんので、一般の市民生活にはさほど影響はないと思います。改正に伴う対応は、産業界を中心にしたものになります(下線③)。」

(旧)計量法においては、「重力単位」(力や重さ)でものの売買が行われていました。その重力単位が普通の生活に登場しなくなったのは、(新)計量法のもとでは「重力単位」を商品売買で使えば処罰されるようになったからです。しかし、経産省はもともとあまり使わない重力単位だったから、市民生活にさほど影響はない、と言って原因と結果を転倒させてしまっています。
そして今回の変化は、いままで「重さ、重量」という直接体感できる物理量での商品売買を禁止して、高度な「質量」概念で商品売買を行うことを全国民が義務化されるという大変革であるにもかかわらず、そのことには全く触れずに、「改正に伴う対応は、産業界を中心にしたもの」と言ったり「一般市民にはさほど影響はない」と言ったりしています。

もうおわかりになったと思いますが、経産省は、国民に対して「質量」概念で商品売買の義務化されたことを知らせたくないようです。そういう仮説を持って、今まで述べてきた経産省・用語法を弄する彼らの奇行をたどり返してみると、すべてが整然としてつながってきます。

そうした視点を念頭におきながら、もう少しだけ彼らの文章につきあって分析していきましょう。
上記の①②③の文章はコメントした通り経産省用語で書かれているため様々な問題発言が見えなくなるように言語操作がほどこされています。そこで、①②③をすべて物理学の用語に直し普通に物理を学んだ人に問題点が見える文章になるようしてみたのが以下の文章です。なお、下線部は、経産省・用語法に関する重要な部分で(  )内は、筆者の補足です。

<(経産省においては)体重、重量、重さは質量の意味(とみなすことにしました。)ですから体重、重量、重さの単位の記号はニュートンではなくkgとなってしまいます。エレベーターの重量も単位はkgです。(新)計量法には、これからの商品売買はすべて(「質量」で行うと解釈できるように書かれていますが、経産省の特異な用語解釈では)「重さ」や「重量」で行うとも解釈できるように意味を付け替えたので(国民の皆様からは)これまでと((旧)計量法のときと)何も変わらないように見えるはずです。従って単位もkgのままで変化なくみえます。変化は、主に産業界だけなので(と思って)国民の皆様は、このことを気にとめないで下さい。>

こうした経産省の方針を確認するために表2を作成してみました。表2では「(旧)計量法から(新)計量法への移行」の法改正にともなって、どういう変化が国民に及ぶのかという内容を「物理学の用語」で説明した場合と「経産省・用語法」で説明した場合とを比較しています。この2つの説明の違いを比較すると、経産省・用語法の目的がよく分かってくると思います。

混乱表2高

ここでは、問題の核心的な部分を表を見ながら確認していきましょう。
○物理学の用語で商品売買に関して(旧)計量法から(新)計量法への変化を説明すると、「重さ、重量」から「質量」概念に変更になります。従って単位の記号も「kg、kg重、kgw等」から「kg」へ変化し、一大転換が起きています。(「kg」は、「重さと質量」の2重の意味があったのが、今度は「質量」専用の記号になります。)

○経産省・用語法では、(旧)計量法で「重さ、重量」の単位で商品売買していたものが(新)計量法においては新たに「質量」に変化したはずですが経産省・用語法を使いこれを「重さ、重量」に読み換えられます。そして単位はkgのままになります。従って用語は、「重さ、重量」から「重さ、重量」へ、単位の記号も「kg」から「kg」へとなり、意味の変化を無視すれば、まったく何も変わっていない、ように見えます(下線部①はこのことを指している)。経産省・用語法を駆使すると、歴史的一大変化である問題点が見事に手品のように見えなくなってしまいます。

こうして経産省・用語法を使い、「重さ」という言葉を質量の意味につけ替え、(新)計量法が成立しても国民には(旧)計量法のときと同じ(ように見える)、と説明します。こうして国民をまるごと誤解させる方向に誘導し、巨大な文化的負債を作りだし、現在においてなおこれを続けています。

このときから理科や物理を学ぶ子供達や成人の物理を学び直す受験生にとっての混乱が始まりました。理科や物理の学習途上の人たちは、科学の論理的一貫性を信じて思考していきます。ところが、経産省・用語法によってそれが裏切られ、多くの人が2重言語状態で混乱し、論理的一貫性のない単位の用語に当惑し、科学の論理に対して不信感を抱き始めます。誠心誠意努力した人には不信感と同時に深い傷ももたらします。経産省のこうした行為は、次世代の科学技術者を目指す人達だけでなく、これからの科学技術に理解を示そうとする多くの人々の意欲を潰していきますが、彼らにその自覚があるのか、とても気にかかります。

11月18日部分修正
・次回(その6・最終回)は、11月15日アップロードの予定です。

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なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その4)

By   2015年10月24日

なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その4)

                                 森雄兒

■4.「経産省・用語法」を作った委員会

「重さ、重量」の意味のつけ替えを可能にするためのベースを構築した委員会があります。経産省の「SI単位等普及推進委員会」です。そこで製作された「新計量法とSI化の進め方」という文書に経産省・用語法が誕生するための枠組が書かれています。

「SI単位等普及推進委員会」とは、(新)計量法を実施するために経産省内部に設けられた正式の委員会で主な構成者は次の通りです。
委員長:桑田浩志(トヨタ自動車設計管理部)、副委員長:永井聡(経産省工業技術院計量研究所主席研究官)、筆頭委員:佐藤義雄(文科省教科調査官)、以下26名の各産業界などの代表者が名を連ねている委員会です。

その委員会で発行している「新計量法とSI化の進め方」のファイルのQ&Aに、それに関する該当部分があるので以下に引用します。文中(   )内の文章は文意を誤解しないよう筆者が補足し、また下線部は要注意の箇所を示しています。なおこのファイルは、誰でも「新計量法とSI化の進め方」のファイル名でネットから入手できます。

「Q21.重量という言葉は、(旧計量法が廃止されたあと)今後とも使用することができるか。」
「A21. ―――(前略)―――――(新)計量法では、用語の使用を明確には規定していませんが、SI化を機会に単位記号、接頭語などと同様に、用語も正しく使用することをお奨めいたします。重量を質量の概念で使用する場合にはその単位に”kg”を、力の概念で使用する場合にはその単位に”N”を使用します

「用語の使用を明確には規定していません」と、かなり重大な事がこともなげに触れられています。つまり、「質量」のことは、「重量」と呼ぼうが「重さ」と呼ぼうがかまわない。しかし「kg」という単位の記号だけは明確に「kg」と書かなければならない、と言う意味のことが述べられています。(新)計量法を実施するさいの方針は「単位の記号」管理が主目的で、「単位の用語」の使用は明確に規定しない、と述べているのが瞠目すべき点です。これは論理構築を自明とする学問の世界で、およそあり得ない規定です。つまり、ある物理量30のことを「重さ30kg、重量30kg、質量30kg」とそれぞれどんな用語で表現されていたとしても単位の記号が「kg」と記述されてさえいれば、用語は何であれ「質量」と判断しなければならない、という驚くべき方針がうちだされています。

ただ、この文書の中で経産省は「用語も正しく使用することをお奨めいたします。」とも述べているので、この文章を読む限りでは、誰しも経産省は「質量:kg」という用語をもっぱら使用し、「重さkgや重量kgや体重kg」という「推奨できない」使い方はしないだろうと、思ってしまいますが、実はそうではありませんでした。「重量:kg」や「重さ:kg」などの用法をどんどん法律の条文でも使用していきます(注3)。

つまり、「用語の使用を明確には規定」しなかった理由は、逆に「質量kg」という用語を使わないで「重さkgや重量kg」という言葉で質量の意味につけ替えるための方便だったと推測されます。こうして「経産省・用語法」が誕生したのです。

そして「重さ、重量」の意味を質量につけ替える目的のみならず、そもそも意味をつけ替えることを始めることも国民に表明しませんでした。マスコミでも一部の例外(信濃毎日新聞)(注4)を除いてはこの種の問題にふれるような報道も行われませんでした。

(新)計量法の施行を前にして、経産省が準備したのは、「質量」概念を国民に理解してもらうための様々な広報・啓蒙活動ではなく、ひっそりと準備された経産省・用語法だった、と言って良いでしょう。そして、かれらが経産省・用語法を駆使して具体的にどういうプレス発表をしたのかは、次回でそれを見ていきましょう。

(注3)たとえば「民間事業者による信書の送達に関する法律施行規則」や「道路運送車両法」など。
(注4)「信濃毎日新聞」1992.5.9付けの「国際単位系への統一に反対」記事の中で「SIでは元来重量であるはずの体重を質量と言わせている。」(三笠正人、大阪市立大)と経産省・用語法によって体重を質量の意味に付け替えることをいち早く批判している稀少な例である。しかし、行政が「重さ、重量」の意味を質量の意味に付け替えているなどと指摘しても、当時国民には何のことか

わからなかったのでしょう、三笠氏の警告に対する理解は広がりを見せませんでした。そしてこの問題は、いま理科や物理を学ぶ人達が直面している「重量、重さ、質量」の混乱へとつながっていきました。

次回(その5)は、11月1日(日)にアップロードの予定。
(2015.11.1部分修正)

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なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その3)

By   2015年10月17日

森雄兒

なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その3)

■3.市民からみた(新)計量法とは、何か?

(その1)、(その2)から日本で起きている「重量、重さ、質量」の混乱は「学術用語」と異なった「経産省・用語法」に起因する事が明らかになったと思います。以下では、この問題に対してもう少し、時間のスパンを広げ、計量法の改正の意味から「経産省・用語法」をながめ、一体なぜこんな事が起きてしまったのか、その底流にあるものを考えてみましょう。

日本は1970年代以降、自動車産業を中心に低コストの部品製造工場を世界各国に建設していきました。こうしたグローバリズムという新しい資本の展開によって、国境を越えて商品の設計・製造・管理システムの一元化が不可欠になりました。財界はそのために、統一した単位系制定を政府に強力に要請していきます。他方、科学技術の急速な進歩から製品開発現場では、量子論や相対論が不可欠となり、使用する単位系の国際的評価が「重力単位系」から「SI単位系」へ大きく変化していきます。

こうした背景から1992年、SI単位を国家全体に丸ごと導入する、(新)計量法の制定が行われました。この法律の制定によって、市民生活にどのような影響があったのでしょうか。それを表1を使って簡潔に説明してみましょう。混乱表1-1

*表の中の「MKS単位」について: MKS単位系は、長さ(メートルm)、質量(キログラムkg)、時間(秒s)を基本とする単位系のこと

表1は1992年以前に(旧)計量法で生活に関連して使われていた主な単位の一覧です。(旧)計量法のもとでは、表にあげた2つ以外にも単位系はあり、研究対象によって能力が異なる複数の単位系が共存しながら社会が回っていました。
その表で注目して欲しいことが2つあります。
一つは、(旧)計量法では商品取引をkg、kg重、kgwなどの「重さ」の単位で行っていたことです。しかし、大きな問題がありました。それは、(旧)計量法では重力単位系の「力、重量、重さ」の単位の記号の一つに「kg」が使われていたと同時に、MKS単位系の質量の記号でも「kg」が使われていました。同じ記号「kg」が「重さ」と「質量」の2つの意味に使用されていため、混乱が絶えませんでした。
もうひとつは、N(ニュートン)という単位は、MKS単位系の「重さや力」の単位でしたが、地球の場所によって同じ質量でもわずかにその重さが変化するので商品取引に使えないことです。そのもう少し詳しい理由は(注2)を参照して下さい。

では、(旧)計量法の状態から(新)計量法に移行して、市民にとって何が変化していったのかを表1を使って見ていきましょう。
MKS単位を拡張したものが、SI単位(国際単位とも呼ぶ)ですが商品取引の問題に限定すると、MKS単位はSI単位と同じとみなしても差し支えがありません。そういうことから、これからはSI単位という言葉を使って説明していくことにします。

(新)計量法が施行されると使用できる単位はSI単位だけに限定され、それ以外のすべての単位(非SI単位)を廃止することにしました。この変化を、表1で見てみましょう。商品売買において、(旧)計量法の時代は上の欄の重力単位と下の欄の単位の両方の使用が認められていましたが、(新)計量法の時代になると下の欄のSI単位だけしか使用がを認められなくなりました。すると、この変化を念頭に置いたとき皆さんは、商品売買は、何の単位で行われることになると思いますか?

(新)計量法のSI単位では、重さの単位はN(ニュートン)しかありませんが、N(ニュートン)は、商品取引には不適な単位でしたので「重さ」で商品取引をすることはできません。表1を見ると残っているのは、難解な「質量」概念しかありません。
こうして見ると、実は(新)計量法とは、市民に「重さ」で商品売買することを禁止し、「質量」概念で商品取引をすることを義務化するという、歴史的一大転換をもたらす法律だったことが明らかになってきます。これが市民にとっての(新)計量法の意味です。しかし、なぜか経産省もマスコミもこのことについて沈黙し、国民に向かってこの説明がおこなわれませんでした。それでは経産省は、この(新)計量法施行を前にして市民のためにどんな準備と対応を行ったのか、それを次回に見てみましょう。

(注2)N(ニュートン)の単位が商品売買に使えない理由

質量が同じでも物体の重さは、地球の場所によって変化します。同じ大根でも東京より沖縄の方が重さが小さくなります。同じ質量の大根の重さをニュートン秤で測定するとこうした変化を検出するので、その値から場所に応じて質量の大きさを求める計算が必要になります。いちいち計算をしなくてもよいようにするには秤に2重目盛りが必要になり、実用性に欠けることになります。そこで日本各地で重さの変化することを考慮して、各地域ごとに、1kgの質量(標準体)を使って重さ1kg重の力を表示する秤を別々に作ります。こうして地域内で質量と重さの食い違い(誤差)を小さくします。(新)計量法では目盛板に、本当は重さを測定している目盛りですが、それを質量と近似してkgと表示します。

次回、なぜ起きる、「重量、重さ、質量」の混乱(その4)は10月25日アップロードの予定。

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なぜ起きる、「重さ・重量・質量」の混乱(その2)

By   2015年10月10日

1.Kgの記号の意味に自信がない中・高校生

新たに進行し始めたこうした混乱の原因を明らかにするため、2016年、2017年と2年間にわたり「kgの意味は何?」というテーマでアンケート調査をしました。調査は2つの進学校の高校2年生229名(文理混合)を対象に行いました。教材の「到達度」を測る調査ならば、分析方法がすでに定式化されているといってよいでしょうが、「混乱」状態を明らかにする調査の場合はそう簡単にはいきません。到達度が低いことをもって「混乱」状態と安易に見なしがちですが、今起きている現象はそれでは明らかになりません。

たとえば、この調査データでは、混乱をかいくぐって正答を選択している生徒が、コメントでその答に全く納得していないという状態にあることを述べているからです1)。生徒のコメント数が少ないため、必ずしも十分とは言えませんが、採取したデータと生徒のコメントをつきあわせながらその混乱の位相を明らかにしていきたいと思います。

また、この「kgの意味」の混乱が何故発生したのか、その社会的背景については、『計量法改正がもたらした「重さ・重量・質量」の混乱」』2で詳述したのでそれをご覧下さい。アンケートの内容の全体に関心がある方は同論文の末尾に掲載してあるのでそれをご覧下さい。アンケートの内容は(問1)~(問4)までありますが、本稿では(問1)と(問4)に論点を絞り分析していきます。

(1)(問1kgの意味の調査結果の概要

(問1ー1)と(問1ー2)の回答結果を「自信の有無」を考慮せず単純集計すると、図1、図2のようになります。

図1をみると、回答分布は②質量(100名、44%)、③重さ(31%、71名)、④重量(24名、11%)、⑥重複回答(26名、11%)ですが、同じ意味の「③重さと④重量」を合算すると(95名、42%)になり、ほぼ②質量の100名と同じ位の人数になります。従って、「kgの意味」の回答分布は、(正答):「質量」(100名、44%)、(誤答):「重さ+重量」(95名、42%)と、残りの(誤答):「重複回答」(26名、約10%)とおおまかに3つの部分から構成されていると言えます。「重複回答」とは、kgの意味を「質量」、「重さ」、「重量」などをみな同じ意味だ、とみなしている誤答です。

次に図2をみると、この回答をした生徒229名中の75%(171名)の生徒が回答に「自信なし」と答え、「自信あり」という生徒はわずか25%(58人)しかいないことが目を引きます。

「kg」という記号は、かれらが小学校入学以前から、毎日の生活の中で使い続けてきた単位です。その「kgの意味」を、高校生になっても、全体の4分の3の生徒が自信をもって答えられないというのは、驚くべき現象といってよいでしょう。

この結果は個人の勉強不足や努力不足が原因としてかたづけられるものではなく、何らかの社会制度上の問題が錯乱子として彼らに作用し、混乱をもたらしつづけているためと考えるのが妥当だと思います。

(2)「自信の有無」から見た「kgの意味」

それでは「自信がある」と答えた生徒は、kgの意味の混乱からまぬがれ、「自信がない」と答えた生徒はその混乱の渦中にいるのだろうか、ということが疑問になります。また、この2つのグループは何を契機に互いに逆の方向へ分化していったのだろうか。こうした疑問を明らかにするために、「自信の有無」で「kgの意味」の回答を場合分けしてみたのが図3と図4です(クロス集計)。

(3)「自信あり」と「自信なし」グループの「kgの意味」

先ず、「自信あり」グループは、「kgの意味」をどう答えているのか、図3のグラフでみてみましょう。

「自信あり」グループは図2で見たように調査全体(229名)の約4分の1(58人)という少数グループです。その58名中の62%(36名)の生徒が「質量」と正答をしています。その次は「重さ」や「重量」を選択し、誤答した生徒が36%(15名)(ただし、重量の選択者は0名です。)、そして「重複回答」の誤答を選択した生徒が8%(5名)と続きます。

「自信なし」グループの「kgの意味」の集計結果は図4の通りです。分布は「自信あり」と多少異なります。 「自信なし」グループは調査対象全体の約4分の3(171名)を占める多数グループです。その中で最も多い回答は正答の「質量」37%(64人)です。絶対数は別として、その正答比率は「自信あり」グループ62%の半分近くしかありません。自信有無と正答者の数は、相関関係ありと予想されます。次は誤答「重さ」35%(60人)に加え「重量」と誤答したのが13%(24人)になります。「自信あり」グループでは「重量」が0名でしたが、「自信なし」グループでは「重量」を選択する生徒が13%(24名)もいるこの違いは目をひきます(あとで議論をします)。

こうしてみると「自信あり」グループでは図3のように(正答)「質量」(62%)と(誤答)「重さ」(26%)で全体の大部分を占めています。「重量」は0%でした。他方の「自信なし」グループでは、(誤答)「重さ」(35%)と「重量」(14%)で半数を占め、その次が正答「質量」(37%)、「重複回答」(10%)が続きます。それぞればらけて、多様な誤答行動をしている大集団といってもよいと思います。

(4)2つのグループに分離した原因

この少数集団の「自信あり」グループの「質量」と正答した36名(62%)は、一体どのようにして「自信」を獲得したのだろうか。「自信なし」グループと同じ授業を受け、同じ受験を体験した生徒達が、何を契機に「自信あり」と「自信なし」に分かれ図3と図4のように異なった「kg」の意味の解釈をしていくようになったのかは、とても興味深い点です。

そのヒントになるものとして「自信あり」グループで正答「質量」を選択した一人の生徒がアンケートの中で以下のようなコメントを残しているのでそれをみてみましょう。

「意外と分かっていなかったのでーー」という理由は、(問1ー1)では正答をしたが(問4)でミスをしているからです。(その詳細は(問4)の分析の折に再びふれますが、ここでは、この生徒が「もう一度語句の定義を押さえたいと思いました。確認になって良かった。」と言っている点に注目してみました。この生徒の定義の確認の場所は、恐らく教科書やそれに準じた参考書だろうと思います。中学・高校理科や物理の教科書、参考書では、当然のことながら国際標準のSI単位系で「kg」を「質量」の意味で説明し、「重さ」や「重量」は力の意味でその単位はニュートンと説明をしています。従って「自信あり」グループで「質量」を選択した生徒の自信のよりどころは、教科書・参考書などによるものといってよいでしょう。

他方、回答に多様性をもった「自信なし」グループは図4のグラフの中で教科書通りに「②質量(正答)」を選んだグループ64名も、教科書とは異なった「③重さ」を選んだ53名も,「④重量」を選んだ24名のグループも、ためらい、自信がなくそれぞれの選択肢を選んでいるものと思います。すでに述べたように今回の調査対象とした生徒は高校受験をかなりの好成績で通過した集団です。こうした生徒が教科書の記述内容を全く失念してしまっていたり、教科書の記述を否定的にとらえ始めているわけでもありません。彼らは教科書の内容を受け入れ、さらに生活体験の中で当たり前に流通している情報も正しいハズと素直に受けいれ、その結果kgの意味に論理的整合性がとれなくなり、「自信」を持てず困惑しつつ回答をしていると思います。

すると、教科書の知識と異なり、これだけ大きな社会的影響力を彼らに及ぼし「自信なし」に追いやっている生活体験からの情報源とは、一体何なのだろうか、ということが次の問題になります。

2.「経産省・用語法」

 (1)「経産省・用語法」と「物理用語」の矛盾

ここで、理科の教科書に匹敵する、或いはそれよりはるかに大きな社会的影響を及ぼしているのは、経産省が中心となって推進している「質量や重さや重量」などについての特異な用語法が原因であると仮定して今までの現象を説明してみましょう。通常の理科(物理)の授業では「物理用語」に従って「重さ、重量」の用語を「weight」の意味または「重力、力」の意味として授業を展開しています。

それに対して、1992年の計量法改正前後から経産省は「重さ、重量(weight)」の用語の意味を「質量(mass)」という意味で使い始めます。経産省は「重さ、重量、体重」はもともと「質量(mass)」の意味であると主張し、SI単位系(国際単位系)とも異なった特異な用語法を作りだし、これを国内で公用語のように使い始めました。これを以下では「経産省・用語法」と呼ぶことにします。

この用語法は、経産省を発信源として産総研、国土交通省、総務省やその傘下の郵便事業、NHK、全国の各新聞などに大きな影響を及ぼし、われわれの生活の中に着実に入り込んできつつあります。例えば総務省管轄下の日本郵便(郵便局)で使っている郵便物の「重さ、重量」という言葉は「国際単位系」や「物理用語」のように「力:N(ニュートン)」の意味ではなく「質量:kg」の意味で使っています。NHKも以前は「質量:kg」と報道していたのですが、計量法改正後「質量kg」のことを「重さkg」と報道するようになり、「重さ」と言う言葉の意味を「力、重力」の意味から「質量(mass)」の意味に変容させ、「経産省・用語法」にシフトしています。

全国紙の新聞は、経産省・用語法に忠実な新聞から、それに慎重なものまで様々です。そんな中で、最近朝日新聞が突然、経産省・用語法のトップランナーにとびだすハプニングがありました。それは物理学者・梶田氏のノーベル賞・授賞記事において朝日新聞が1面トップの大見出しを「ニュートリノに重さを発見」と報道したことです。これに対して他のすべての新聞のトップ見出しは、「ニュートリノに質量を発見」でした。この科学的にビッグな事件の報道では、ほとんどの新聞が国際標準のSI単位である「物理用語」で報道する中、朝日新聞1社だけが「経産省・用語法」で1面トップの見出しを飾りました。JAPAN TIMESなど外国新聞も、勿論「weight」(重さ)ではなく「mass」(質量)で報道しています。計量法が完全実施されてから18年を経過しても、各新聞社の足並みは同じではありません。最近何かとバッシングされることが多い朝日新聞のように報道スタンスに大きな動揺をみせる新聞社もあり様々です。

こうした現状の中で理科の公教育を受けている生徒たちは、日常生活において矛盾する2つの用語法に取り囲まれて混乱し、kgの意味に自信を持って答えられなくなることは至極当然のことです。生徒と同様に、一般市民も実はこの混乱の渦中にあるのですが、中・高校生と違って一般市民には「物理用語」で答えなければならないテストというものがないので矛盾や混乱をあいまいなままに放置しておくことができます。ここで念のために生徒や市民が直面している矛盾する2つの用語法をあらためて整理すると以下のようになります。

理科(物理)を学ぶ生徒達は商品売買の生活のなかで使われている「重さ=重量(=体重)」=質量(mass)」という「経産省・用語法」に接するのはほぼ毎日です。他方、それと同じ言葉を公教育で理科や物理などの教師が「物理用語」に従って「重さ、重量(weight):N、kg重」や「質量(mass):kg」の定義の違いを教えるのは年間授業時間のほとんど一瞬というほどの短い時間です。現実の生徒たちは、「理科室」と「日常生活」という言葉の意味が異なる空間を往復し、矛盾するこの2つの用語法を一つの知性の中に併存させていかなければなりません。これがいまの生徒達がおかれている現状です。

(2)「経産省・用語法」に振り回される「重複回答者」

「経産省・用語法」の存在がわかったところで、ここで、現実の(問1ー1)のアンケートのデータに戻りましょう。

経産省・用語法に強く影響を受けたと思われる「重複回答者」は26名います。しかし、この重複回答者でコメントを残してくれた人は残念ながら一人もいませんでした。このアンケートでコメントを残してくれた生徒は総計19名いますが、その殆どが「わからない」、「難しい」という主旨のコメントです。この中で「重複回答者」ではないのですが、コメントの内容からあきらかに「経産省・用語法」について言及していると推測できるコメントが一つあるのでその事例を紹介します。

この生徒は、(問1ー1)でkgの意味を「重さ」と誤答し、(問4)では「よく分からない。」と回答しながら「全部同じ意味だと思っていました。」とコメントしています。 この生徒が全部同じ意味と思っていたのなら、(問1ー1)では「重さ」ではなく「重複回答」を選択するはずなのでは?と通常は思います。ところが、よく考えてみるとそうでない場合があるようです。この生徒は当初「重さ」=「重量」=「質量」と思っていて、どれでも同じ中の一つの「重さ」を当然のこととして選択していたと思われます。そしてアンケートに答えていく内にその考えが間違っていることに気づき、「全部同じだと思っていました。」というコメントを書いたのだと思います。そういう観点から今までのデータを振り返ってみると、「重さ」や「重量」と単独の回答している中にも実は相当数の隠れ「重複回答者」が潜んでいる可能性が考えられます。

表2は「重複回答」者から見たkgの意味は「質量」=「重さ」=「重量」、またはそれに準じた見方の一覧と選択者の人数です。これを選択した生徒は表1に示した「経産省・用語法」の影響をかなり強く受けて、「kgの意味」の混乱の渦中にいる生徒たちです。経産省は省内に設置した「SI単位等普及推進委員会」において「kg」という記号さえ使っていれば、「重さ」=「重量」=「体重」(=「質量」)など対応する用語はどれでもよいという方針をとったので、その用語

法が日本中に流通していきました。その結果が大きく表2の高校生の調査データに反映されているとみてよいでしょう。

(注)①力=③重さ(4名)や③重さ=④重量(7名) の重複回答は正しい意味

なので、重複回答から除外し、③重さと読みかえてカウントしている。

「経産省・用語法」に従うと、健康診断での「体重」は実は「質量:kg」の意味であり、自動車の車体計量所での「車の重量」も実は「質量:kg」の意味であり、郵便局の料金表に表示している小包の「重量」も「質量:kg」の意味と読み解かなければならなりません。さらにマスコミやネットを通じて絶え間なくわれわれの生活にこうした用語法での情報が流れ込んできます。言葉に敏感な若い世代はそうした用語法が当たり前と先入観念をもたずにその影響をどんどん受けいれていきます。

こうした「経産省・用語法」に影響をうけ、重複回答した生徒たちが「自信あり、なし」を含めて26名いました。その内訳は「自信あり」グループが19%(5名/26名)、「自信なし」グループが81%(21名/26名)です。さらに「自信なし」グループが経産省・用語法によって特に強い影響を受け重複回答しているだけでなく、コメントHのケースから「重さ、重量」などの選択者にも相当の重複回答者の生徒が含まれていると推測して良いことがわかりました。つまり「自信あり」グループは「教科書や参考書」に支えられ、「自信なし」グループは「経産省・用語法」に強く影響されてこの2つのグループに分化していったものと思われます。

 3.生活から遊離する理科(物理)

1992年に経産省によって推進された計量法の改正(完全実施は1999年)は、教育を受けている子供達のみならず実は国民全体に対しても非常に大きな影響を及ぼすものでした。しかし、その変化の核心については、大手マスコミが報道統制にでもあったかのように沈黙してしまい、国民にはその核心部分は報道されなかったので、その内容を改めてここで確認しましょう。

これは「SI単位」以外の使用を認めないシステムなので「全面SI化」とも呼んでいます。「全面SI化」は、最先端技術にとっては最適の単位系のシステムと言ってよいのですが、商品売買や生活者にとっては最悪の単位系のシステムと言って良いでしょう。なぜなら「全面SI化」すると商品を最も分かりやすい「重さや重量」で取引することができなくなるからです。その理由は「SI単位」では商品売買に使える「重さの単位」が欠落しているからです。今まで毎日使っていた商品の重さの単位「kg重」の代わりがSI単位系には存在しないので、商品売買に使う重さの世界にポッカリと穴があき空白が生じてしまいます。より端的に言えば、SI単位系の「重さ、力」の単位はニュートンですが、ニュートンには法定計量単位としての能力がないのです。従って、「全面SI化」をすると、必然的に「重さ、重量」の代わりに今度は「質量」概念で商品売買しなければならなくなるのです。 この法定計量単位の重大な変化について経産省、文科省、マスコミ、物理学や関連する教育学会は全く沈黙してしまいました。

こうした点を検討してみると1992年の改正計量法は、商品売買の歴史上かつてないほどのハイレベルな一大変化だったことがわかってくると思います。しかし、担当官庁の経産省はこの超ハイレベルな改正内容をはじめから国民に正面から告知するつもりはなかったと思われます。その理由は全国民が「質量」概念を理解し、それを道具として毎日の商品売買の手段としてこれを使いこなすことは不可能と判断したからでしょう。そこで、経産省はその法律の推進のために、「質量(mass)」と言う言葉の使用をできるだけ回避し、「重さ、重量、体重」などの言葉で置きかえる言葉の擬装をはじめています。さらに「kg」に一定の言葉を規定しないで「kg」という記号そのものを普及推進する方針をとりました。

経産省のこうした方針は、1992年頃からわれわれの生活の中に徐々に流し込まれていきます。そして計量法の改正にともなう異変が中学校において影響を及ぼしはじめたのは、2002年に改訂された教科書で生徒達が学び始めたときからです。それに呼応するように中・高校では、重さの単位「kg重」が教科書のメインストリートから消えていきました。「法定計量単位」から「重力単位」を廃止しても、商品売買上の取引や証明と無関係な研究・教育活動においては、計量法の規制の対象とならないはずでした。しかし、文科省は理科(物理)の教科書において「重さ:kg重」の単位を原則廃止し、そのかわりに天上から隕石でも落下してくるように「力:ニュートンの単位」を中学校理科に導入させました。文科省は、経産省の産業政策と全面的に同調し中・高校の教育においてもSI単位以外許容しない「全面SI化」の路線を2002年以降導入したわけです

こうして生徒達は2002年以降、一方の生活においては「経産省・用語法」(「重さ」=「重量」=「体重」=「質量」)に取り囲まれ、他方の理科の公教育においては「全面SI化」され(「重さ」=「重量」=「力」)で教育されるという矛盾した2つの言葉の定義に直面することになりました。

そして公教育の理科では「重さ」という生活実感をもった物理量が不在のところで、「質量」概念を学ばなければならなくなります。いままでの理科教育は、科学の歴史的発展過程のように、生活実感のある「重さ・重量」をベースにしてそこから「質量」という抽象的概念形成の階段をたどっていく学習展開が可能でしたが、2002年以降はこの教育方法が、困難になってしまいました。文科省の方針によって理科教育の中から「重さ・重量」の梯子が取り外されてしまい、突然「質量」の理解までジャンプすることを要求されるようになったからです。例えば、運動方程式を学ぶ前に重さを計算するためには、運動方程式の結論である次の式(重さ=質量×重力加速度 N) を丸暗記しなければならなくなってしまいました。(または、何の説明もなく、重さ≒質量×10とよく丸暗記させています。

「kgの意味」について、「自信なし」と答えた調査全体の75%(171名/229名)の生徒の多くは、多かれ少なかれこうした「経産省・用語法」から影響をうけ、教科書物理と矛盾におちいり、論理的整合性がとれない中で漂流している生徒たちです。初めて理科で物理を学んだ中学2年生の頃は、全員が混乱し「自信なし」集団だったのではないかと思います。その中から「理科」と「生活体験」を切り離し「学校理科(物理)」だけに注目することによって「自信あり」グループの一群が分化していったのではないかと推測されます。

このことは次の「重量」という用語の使用頻度が「自信あり」グループと「自信なし」グループで鮮明に異なっている事からも推測できます。「経産省・用語法」が使用される生活体験の中では「重量」(=質量)という用語が多用されていますが、「教科書物理」ではまったくといって良いほど「重量」(=力)という用語が使われていません。こうした事情を反映して、経産省用語法に強く影響をうけた「自信なし」グループはkgの意味を「重量」という意味に受け取った生徒が24名(図4)もいたのに対して、学校物理に傾斜する「自信あり」グループにおいてはkgの意味を「重量」と言う意味に使う生徒が一人もいませんでした。

理科や物理の教科書は経産省の「全面SI化」政策に追随して、改訂されていきましたが、この方針によって「kg重」から「N(ニュートン)」に改訂された理科の教科書を見た当時の中学校の教師は、「理科が生活から遊離していく。」とブログで驚きの心情を述べていました3。このコメントのように今度は「理科」を学ぶ生徒たちが「N(ニュートン)」という生活とまったく無縁な力の単位を受け入れ、理科(物理)がそもそも生活から遊離した別な世界の存在として受け止め始めます。つまり「自信あり」グループは、理科(物理)から生活を分離することによってあやうい「自信」を獲得し始めたグループとも言うことができます。

他方、「自信なし」グループは、「生活」(経産省・用語法)と公教育の「理科」(SI単位系)との間で混乱し、「経産省・用語法」を駆使しても全く論理的に整理できないためとても複雑な反応をしています。恐らく、生徒にとって「理科」は「生活体験」の中にあり、それと矛盾する事自体が信じられないという健全な科学観を持っており、それが逆に「自信なし」グループを混乱に長く引きとどめているのではないかとも思われます。

(前半:終わり)

 

 

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8年目の「サイエンスの森」・VTR教材「質量」の紹介

By   2015年5月7日

・新計量法が施行され、今年で16年目になります。SI単位系の全面導入によって「重さと質量の混乱」「理科の生活からの遊離」など理科教育へさまざまな混乱をもたらしている事を認知する人が増えてきています。こうした問題への取り組みと同時に、サイエンスの森では長年の懸案であった教材「質量」を完成させました。世界中から最も良質な映像を収集し再構成し、質量の存在を直感的に理解するためのビデオ教材を紹介しています。トップページの「授業が変わる実験やアイディア」から「VTR「質量」を使った授業展開とアンケート調査」へ入ると、そこから教材の入手が可能です。授業に是非、ご利用下さい。2015.5.7

・「レントゲンとX線のリスク意識」の工事がおわりました。原因不明で欠落してしいたファイル「霧箱で汚染土壌のベータ線を見る(第2回)」を復旧させました。ご迷惑をおかけしました。現在、力学のファイルがダウンロードできなくなっています。もう少しお待ちください。

・「サイエンスの森」のサイトがスタートしたのが2007年6月でした。スタッフの協力で7年が過ぎ、8年目にはいりました。この機会に、ビジターの人数を表示するカウン ターを設置してみました。

・2011.3.11以降、突然「霧箱」が注目されるようになり、ビジターの人数が突如1桁を軽くこえる上昇をしおどろきました。放射線で一体、何が起きているのか。多くの人が、それを自分 の目で確かめたかったからだと思います。「サイエンスの森」では、それ以降「霧箱の飛跡」をどう読み解くかという記事にとりくんできました。汚染土壌を採取し、霧箱で実験をし、 そこから内部被ばくを考え、体内で何が起きているのかを、具体的に理解するという視点に取り組んでいます(→「霧箱で汚染土壌のベータ線を見る。」など)

・これからも「霧箱のサイエンス」と「物理教育」を軸に「サイエンスの森」は皆様に役立つ情報をゆっくりですが、着実に発信していきたいと思います。よろしくお願いします。(スタッフ一同)