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kgの意味は何だろうか?(後半)

By   2017年11月15日

kgの意味は何だろう(後半)

4.商品売買の手段を言葉で問う(問4)の回答と分析

次は、こうした「自信あり」・「自信なし」グループが記号「kg」に対してではなく、「商品売買の手段は何か」について言葉で答えてもらう(問4)にどう反応したのかを見ていきましょう。

(1)(問4)の内容

(問4)の設問の趣旨は(問1)のように「記号:kg」からその意味を問うのでなく、「商品売買」の手段を妥当な「用語、言葉」で答えてもらうための問いになっています。従って生徒は(問1)より(問4)の方が回答するために「売買手段の意味」や「はかる」という行為を改めて考え直す必要が出てきます。

 

(問1ー1)での正答者は「自信あり」グループ58名中で34名(62%)「自信なし」グループ171名中で64名(37%)でした(図3、図4)。「自信あり」グループの正答率は「自信なし」グループより2倍近くも高い正答率でした。次にこの(問1)の「自信あり」、「自信なし」グループの正答者が、(問4)で商品売買の手段を言葉で問われると劇的な変化を起こします。その変容過程を追跡しまとめたのが図5、図6です。図5が「自信あり」正答者36名の、図6が「自信なし」正答者64名の変化の行方です。以下ではこの数字を見ながら、生徒の混乱の位相を考えてみましょう。

(2)(問1ー1)の正答者(100名)は、(問4)でどう変化したか?

図5の「自信あり」のグラフをみると(問1-1)で正答した36名が(問4)でも「質量」と正答できたのはわずか4名だけであることがわかります。「自信あり」グループの総数58名を基準にすると正答者は比率が62%から7%へ劇的に減少しました。「自信あり」グループの空中分解といって良いでしょう。

同様に図6の「自信なし」のグラフを見ると(問1-1)で正答した64名が(問4)でも「質量」と正答できたのは10名だけです。「自信なし」グループの総数171名を基準にすると正答者は、比率が36%から6%への急激な減少です。「自信あり」より多少緩やかですが、同じ急激な減少といってよいでしょう。

kgの意味を問う(問1ー1)では「自信あり」の正答率が62%であるのに対して、「自信なし」」の正答率が37%と低くかったので、「自信の有無」と「正答率」の大きさに正の相関関係を予想させる差がみられました。そこには生活体験をわきに置いて教科書物理に特化したことによる「自信あり」の影響を見ることができました。それが(問4)の回答では一変して「自信あり」7%と「自信なし」6%と互いの差が殆どなくなってしまいました。このことから(問4)の言葉で商品売買の手段を問うと「自信の有無」が正答者の比率に影響を及ぼす因子やパラメーターではなくなったことが推測されます。すると自信の有無と無関係になっていった(問4)の7%や6%の正答率は、一体何の影響を受けているのかが疑問になってきます。

(3)正答者と誤答者の混乱の位相

次に視点を変えて、その混乱状態をこんどは生徒のコメントから検討してみましょう。「自信あり」の模範解答者4名の中にはコメントする生徒は一人もいませんでしたが、「自信なし」の模範解答者10名の中にはコメントを残してくれた生徒が2名いました。そのコメントには、この混乱の中を彼らがどのように勉強して(問1ー1)(問4)の正答に到達したのかを推測させる貴重な手がかりがあるのでそれを紹介します。

〇B、Cともに「自信なし」グループで(問1)(問4)ともに「質量」と正答した数少ない10名のなかの2名です。Bの生徒は、「あまりちゃんと理解していないです。」とオブラートで包んだように柔らかい言葉でコメントをしています。それに対してCの生徒は、「分からないことだらけでした。」と明確に自分の理解情況を伝えています。自分の思考過程をモニタリングし、その結果は「分からないことだらけでした。」と正面から答えています。この2名のコメントは表面的な言葉の違いはありますが、いずれも同じメタ認知の状態といってよいでしょう。2人とも<いくら考えても>「分からない」だけでなく、<わからない理由もわからなかったこと>を認知していると思われます。結局、この生徒はいずれも論理的整合性がとれない混乱の中で、現実的にどう対応したのかというと、それは自分の論理的整合性や納得感を放棄して<丸暗記>したと述べているのです。こうした「自信なし」の正答者の率直なコメントから、彼らが陥っている混乱の位相は、正答者も誤答者も実は本質的な違いがないことを示していると言ってよいでしょう。

他方の「自信あり」の正答者のコメントは、残念ながら得られなかったので、「自信あり」グループで(問1)で誤答をした生徒が(問4)でも誤答した生徒の場合のコメントを再度紹介します。

(問1)においてコメントを紹介したとき「自信」の由来は語句の定義の確認を教科書などに求めているケースと解釈をしました。ただ、「意外と分かっていなかったので」という意味が読者には分からなかったと思います。この生徒は(問1ー1)で「質量」と正しく回答していますが(問4)では動揺し商品売買の手段を「質量」ではなく、「②重さ、重量」と誤った回答をしたため「意外と分かっていなかったのでーーー」と本人がコメントしていたのです。

これをコメントしてくれたAは、結局(問4)で「重さ、重量」と間違った回答をした原因を自分の不十分な勉強のせいにして、もう一度教科書に立ち戻らなければならないとその決意を述べていたのです。しかし「生活」の中に氾濫している「経産省・用語法」に毎日さらされ続ける以上、いずれ矛盾・対立する「物理用語」との混乱が再発するだろう事への疑問まで本人は、思いいたっていません。

公教育で「kg」に関する授業になると、その場しのぎに「物理」の教科書に自信のよりどころを求め、とりあえず「生活」の中の「経産省・用語法」を無視するスタンスをとるのは、何も中・高校生だけではありません。教育系や医学・薬学系など物理学の初歩を学ぶだけの大多数の大学生にとっても、力学を学習するたびに繰り返すその場しのぎのルーティンワークになっていることが実情です。しかし、必要になるたびに定義の確認を何度くりかえしても、ほとんどの中・高校生も大学生もこの矛盾の根本原因を理解できずに結局わけのわからないまま丸暗記を繰り返していくうちに分からないことに慣れて行きます。

このように「自信あり」の生徒たちは「kgの意味」という(問1ー1)を前にして、教科書という小さな島に上陸することに一時的に成功しますが、(問4)の大波がやってきてあっという間に殆どの生徒が混乱の海に投げ戻されてしまいます(その結果、正答者率:62%→7%)。特に「自信あり」の生徒は、この問題の解決を安易に教科書に求める傾向が強いため、その分(問4)で急激な正答者率の減少をひきおこしています。他方で、「自信なし」グループは、正答者も誤答者も訳がわからず混乱の海を漂流し、わからないことに対する不信感を高めて行きます(37%→6%)。

そして自信の有無を問わず、生徒たちのごく一部(6%,7%)が物理とは別な動機から論理的理解を放棄し、丸暗記によって正答者となっていく行動を起こすのではないかと推測されます。

このアンケート調査が、もし混乱の位相を調査する目的ではなく、ただの学力検査だったならば、(問1ー1),(問4)ともに「質量」と正答した「自信あり」4名・「自信なし」10名の模範解答者をほめたたえ、229名中の14人の正答率6%をはじき出して、その人たちをみんなの目標にしてもっと努力させることで話が終わります。しかし、それは、この混乱の解決にはまったく寄与しないだけでなく、逆に丸暗記をすすめ混乱を固定化する負の効果になりかねないことがよく分かると思います。

(4)(問4)で重複回答者が消えてしまった理由

図5の(問1ー1)と(問4)の重複回答者の統計を比較すると、(問1ー1)では重複回答者が26人(11%)いましたが、(問4)ではたった1人になっていました。劇的といってよいほどの減少が起きています。

これは、すでにふれたように経産省が、「kgの意味」を問うことなく「kgの記号」そのものを使うことを習慣化する方針をとったので、言葉で商品売買の手段を問われると生徒は回答に窮したのでしょう。 kgにどういう用語を使ってもよいという経産省の方針は、「kg」という記号を自己目的化し「はかる」という意味の思考を放棄させるものといってよいでしょう。その結果、生徒だけでなく、これは国民のサイエンスリテラシーも空洞化していく原因となっていくでしょう。

計量法の第1条(目的)には次のように述べられています。

「この法律は、計量の基準を定め、適正な計量の実施を確保し、もって経済の発展及び文化の向上に寄与することを目的とする。」

「はかる」ということの目的は単にものの売買という「経済的行為」だけではなく、「はかる」という意味を考える「文化的行為」でもあることが計量法の目的の中で言及されています。1992年に改正された計量法は、長い間継承してきたこの「はかる」と言う文化的目的を経済優先のために放棄してしまったといってよいでしょう。こうした計量法の改正の余波を受けて、現在の中・高・大学生は「はかる」という行為の混乱を余儀なくされていると言ってよいでしょう。

(5)(問4)での「よく分からない」グループの急増

(問1ー1)ではkgの記号の解釈を巡っていずれのグループでも「よく分からない」という選択肢を選んだ生徒は一人づつ、合計2名しかいませんでした。ところが(問4)では「自信あり」グループが7名、「自信なし」のグループでは33名も「よく分からない」を選択し、合計40名に急増していきました。図7の(問1ー1)から(問4)の変化は「重複回答者」が激減していくと同時に、「よく分からない」が激増していくグラフとも読み取ることができそうです。つまり「重複回答者が大挙して「よく分からない」に移動していったのではないかと、思いたくなりますがその内訳を調べてみるとそうではありません。彼らの動きはもっと複雑に試行錯誤していて、解析はそう簡単ではありません。

その「よく分からない」生徒の回答には以下のように最も多くのがコメントを寄せられています。全員「自信なし」グループのものです。

その中のE、F、Iの3つについて補足のコメントをします。
〇 E:「全然わかりません。」
Eは、(問1)で「重さ」と誤答し、(問4)では「よく分からない。」を選択した生徒です。「よく分からない。」という選択肢を選んだ生徒が「全然分かりません。」と真正面を向いて言い切るコメントに私は少なからず驚きました。この生徒は憮然たる沈黙として「よく分からない。」を選択しているように私には感じられました。

〇 F:「物理まったく分かりません。」

Fの言い方は、Eと少し異なりますが、このわからなさに憮然としている点では全く同じです。今まで、努力して解決できなかったことがほとんどなかった彼らにとって、定義が論理的に整理できずに混乱するという体験は、特異なことを意味しています。いずれのコメントも彼らの学習経験からすると論理的不信感をこめて<全然、納得がいかない。>と言っているとみてよいでしょう。

〇I:「とても興味深かったです。」

ただ、I のコメントからは、納得がいかないことに加えて、自分が傷つかないように警戒をして距離をとりはじめていることを感じさせます。
こうした3人のコメントを分析してみると、彼らの混乱の位相は、理解できない現状に全く納得がいかない、だけでなくこの混乱に強い不信感を持ちはじめていると言ってよいでしょう。

(6)商品売買の単位が「将来、ニュートンの単位になる」という誤解が生じる理由

図5の右のグラフをみると、③63名(28%)もの生徒がまだ商品売買で使用する単位が「将来、ニュートンの単位になる」と誤解をしていることがわかります。なぜ、こうした学力がトップクラスの生徒にいまだにニュートンの単位の誤解が蔓延しつづけているのか、その原因について考えてみましょう。

計量法改正のとき、いろいろな単位の変化・改正がありました。例えば、圧力はmb(ミリバール)からhpa(ヘクトパスカル)に変化し、熱量やエネルギーは cal(カロリー)からJ(ジュール)へ変化し、同時に力の単位は「kg重」から「N(ニュートン)」にシフトすると盛んに新聞で取り上げられていました。1992年頃の話です。ミリバールからヘクトパスカルに単位が変化しても単位面積当たりに受ける力という圧力の意味や単位の次元には何の変化もなく、ただ換算比の異なる別な名前にシフトするだけの問題にすぎません。熱量や力の単位も基本的には同様です。これは同じ次元、同じ意味の物理量での単位のシフトなので、これを単位の「平行移動」と呼んでおきましょう。新聞でとりあげる計量法改正の報道といえばほとんどがこうした物理量の単純な「平行移動」を中心にした話題ばかりでした。しかし、国民に最も身近な商品売買に使われる「法定計量単位」が「重さ:kg重」から「質量:kg」へとシフトするのは意味も次元も異なる「非平行移動」にもかかわらず、これはほとんど新聞でとりあげられませんでした。これほど生活と密接に関連する「法定計量単位」の変化がほとんど報道されませんでした。そのことに懸念を表明する地方紙4の例外的な報道はありましたが全国紙ではほぼ皆無でした5

理科や物理の教科書においても法定計量単位が「非平行移動」すると言う事実には触れられず、一般的に力の単位が「重さ:kg重」から「力:N」へ変化する「平行移動」のことしか言及されませんでした。当時、中・高校の理科実験室には目盛りがニュートンで表示されたバネ秤(いわゆるニュートン秤)が大量に導入されました。このニュートン秤と従来の重力単位系のバネ秤を比較することによって「kg重」から「ニュートン」への移行は単なる換算比の変化(単位の「平行移動」)に過ぎないと誰しも思いこみます。しかし、現実の市民生活では法定計量単位は「重さ:kg重」から「質量:kg」へ「非平行移動」しており、従ってニュートン秤もニュートンという単位も商品売買の世界ではまったく登場することはありませんでした。

このとき、法定計量単位の「非平行移動」の事実を全く知らない多くの人は、商品売買でニュートンの単位が導入されない理由をニュートンという単位が市民社会になじむまで導入が延期になったと誤解したのではないかと思います。「カロリー」が「ジュール」という単位にただちに全面移行していかなかったように、「豚肉100ニュートン」という売買も実行が再延長されたと誤解したのではないかと思います。そうした流れの中で、生徒は法定計量単位がいずれ「ニュートン」に変化すると誤解しているようにみえます。こうした多数の生徒のニュートンに対する誤解を生み出し続けている事実を前にしてみれば、そもそも理科(物理)教育の世界が「はかる」という行為の一大変化に際してこれほど無関心でいられるという驚くべき事実がその最大の原因といってよいのではないだろうか。

  5.生徒が抱える矛盾からみた計量法改正の問題点

これまでのkgの混乱の論点から計量法改正の問題点を再度確認してみましょう。計量法改正が理科を学習する生徒や市民にとって1番大きな影響を与えたのは、生活で商品売買に使える「重さ、重量」という単位がなくなり、そのかわりに「質量」という難解な単位の使用を義務化された事です。特に生徒は「重さ」という生活実感のある言葉から「質量」概念へと段階的に学習していくことができなくなり、いきなり「質量」概念へジャンプし、理解しなければならなくなりました6。しかし実際生徒にとっては、「重さ、重量、質量」の区別がつかない混乱状態にあり商品売買の場で「重さ、重量」の単位が生活の中からなくなっていることにも多くの人が気づいていません。

次に、こうした断層が生徒にとってどう現れ、どう見えてくるのか、という観点から問題を整理してみましょう。殆どの市民は通常、その断層の矛盾から少しだけずれた場所にいます。その理由は、すでに触れたように「経産省・用語法」による言葉の擬装のおかげです。国民の混乱回避のために、「質量」の意味の場所に「重さ、重量、体重」という言葉の看板で「擬装」し、質量と言う言葉の意味ができるだけ国民にの目にふれないようにしているからです。

それに対して理科を学習している人は、理科室で自然科学の「SI単位系」(質量:kg、重さ:N)を使い、他方の生活の中では国際的に非常識な「経産省・用語法」(重さ=重量=質量:kg)を使っているので、この2つの矛盾した断層にまともに直面して混乱します。このように断層はもっぱら理科(物理)の学習者(子供達や成人の資格取得のための理科の再学習者)にだけ集中してやってきます。

学校の「理科(物理)」の授業では生活の「法定計量単位」を問題にせず、「SI単位系」の話だけにすれば、断層は理科室ではまったく表面化しません。中学校理科の教師用指導書では、この「重さ、質量」の問題に深入りしてはいけない旨の用心深いアドバイスがなされています。現実の「商品売買」の世界と教科書の「自然科学」の世界を分離すればこの断層は教室の中では発覚しません。理科の教師たちの多くがこの問題に全く無関心で、何もなかったかのごとくに授業をしていられるのはこの2つを分離し、その断層面に接近しないからです。

他方、国民の中でも中・高校生の子供を持つ両親の場合は少し違った事情が生じ断層に直面することがあります。子供が「理科(物理)」の「重さ・重量・質量」の意味が理解できず、「わけが分からない」と言い出すからです。健全な理解力をもった子供ほどこの混乱を敏感に感じとります。それに見かねた両親が子供の教科書を見て「ニュートン」という未知の単位が「重さ、力」として登場しているのを見て驚きます。「kg:重さ、重量」だとばかり信じていた国民の常識が実は「経産省・用語法」による誤解であったことがここで初めて発覚するのですが、両親はそれを客観視できません。両親も訳が分からなくなります。こうして断層の位置が少しずれ、こどもの両親にも断層の矛盾がやってきます。そこで両親は、子供に丸暗記をアドバイスするか、塾通いを奨めます。こうして多くの中・高校生や大学生がこの混乱回避の最短解は、理解ではなく理解の放棄ではないか、と思いはじめ、それが正答者の比率7%や6%という数字に大きく影響を及ぼしているパラメーター(外的動機)の一つではないだろうか。

6.混乱解決のための提言

「SI単位系」そのものは、時代の要請を受けた21世紀の有能な単位系の一つであることは言うまでもないことですが、それはSI単位系が単独で国家全体の産業のみならず、学術研究、教育、生活などすべての分野にわたってまるごと支配できるほどオールマイティな単位であるか、と言うとそれは全く別な話です。SI単位系は先端技術にとって有能な単位系としての認知は受けていますが、商品売買の手段としては致命的な欠陥を持った単位系です。その理由は、すでに触れたようにSI単位系には、商品売買で使える「kg重」に替わりうる「重さ」の単位を持っていないからです。つまりSI単位系の「N:ニュートン」という重さ、重量、力の単位は、商品売買に使えないからです。従って「全面SI化」をすれば「kg重」の場所が空白になり市民は生活体験の中心にあった「重さ、重量」の単位を喪失してしまう状態になります。経産省・用語法はそれを国民からわからないようにするために「質量」を「重さ」や「重量」という名前で呼んでも良いことにしました。「全面SI化」してもまだ「重さや重量」が存在しているかのように擬装をしたのです。当然ここから言葉の「擬装」による混乱が理科の学習者のなかで始まります。従って、この混乱は「全面SI化」をやめない限り解決されません。そしてこれは文科省の政策の問題というより経産省の政策の問題なのです。

すでにこうした「全面SI化」の欠陥は地球環境の研究者7や土木・建築工学の分野から様々な指摘がなされてきています。問題の核心は、特定の分野でしか有能でない単位系をあたかもすべての分野でオールマイティな単位系でありうるかのごとくに過大評価し、それ以外の単位を認めない硬直したシステムをむりやり導入したのが問題の根源といってよいでしょう。そして経産省は国民には質量概念の理解は不可能とみなし、質量は重さや重量と言う言葉をあてがって擬装しておけばよい、と言わんばかりの一種の愚民政策をとっています。これに気がつけば、ほとんどの国民は現行の計量法に明確に「NO!」を表明することでしょう。

そのための解決策は「全面SI化の廃止」ですが、「SI単位の廃止」ではないことにご注意下さい。「SI単位系」とともに「重力単位系」など様々な有能な単位系との共存を計量法の中核に据える修正を行わなければなりません。問題解決の核心は「kg重」の単位を廃止したことが問題の始まりなので、kg重の単位を復活させる事が解決策の核心です。こうすることによって、「経産省・用語法」は無用になり消滅していきます。

そのための実行すべき具体策を3つあげて本稿を終えることにします。
1.法定計量単位にkg重(重力単位系)を復活させること。(計量法の別表にkg重を付記する。)

2.物品の売買表示はkg重による重さ」表示と「kgによる質量」表示の2重表示にすること。商品売買の秤の表示もすべて同様に「重さと質量」の2重表示にすること。(消費者は、理解できる方を選択して読みとり、理解できない表示は無視すればよいだけです。学校教育には両方理解可能な状態にしてくれることを期待しましょう。)
3.「質量」と「重さ・重量」の単位を峻別するために「重さ、重量(weight)の単位はkg重やN」、「質量(mass)」の単位はkg」を使い、用語と記号の対応をSI単位系、重力単位系に正しく従うようにする。

本論文を作成するために多くの方々から多大な協力をいただきました。その支援がなければ本論文は形をなさなかったと思います。皆様方に深く感謝申しあげます。

(参考文献)

1)市川伸一「学習と教育の心理学3」岩波書店、1995やC.ピーターソン他「学習性無力感」二瓶社、2000は混乱の理解を考える上でとても参考になりました。

(引用文献)

2)森雄兒『計量法改正がもたらした「重さ・重量・質量」の混乱』(物理教育、 Vol.65-1,20-25,2017)

3)久保田英慈「Nは本当に中学生の力概念形成に貢献するのか」という疑問から「Nの導入により、子供達の科学と生活に対する考え方がいっそう分離するように感じる。」という主張が第12回理科教育論研究会資料で展開されていた。(「私が思うこと、感じること」2002.1.13,14)、愛知産業大学三河中学校、

http://www.tcp-ip.or.jp/~ekubota/rika_papers/curicuram.html  このブログは残念ながら現在は削除されていますが、当時の理科教育の変化に鋭い感想を適確に述べていました。

4)長尚(大阪市立大):「国際単位系への統一に反対」信濃毎日新聞(1992.5.9)

5)本稿作成にさいしては、新・計量法の成立過程に関する以下の7社のデジタルデータなどを参照した。朝日、読売、毎日、日経、産経、東京、信濃毎日(アナログデータ)の各新聞。

6)文科省によってkg重の単位が使用禁止になってしまったために、中学校理科ではいくら何でも「重さ」という生活実感なしで質量概念の理解は無理と判断したのだろう。その対策として中学校の教育現場ではkg力などという仮想の新しい重さの単位を考え出す授業の試みなども散見されます。また、高校理科では、生活から消滅した「重さ」の単位と教科書の「質量」との段階的つながりができなくなり、原子や力学の単元では何の説明もなく突然「質量」という言葉を登場させることが起きています。いずれも、「全面SI化」によって理科教育が生活から遊離していかざるを得なくなった端的な影響と言ってよいでしょう。あるいは経産省主導の過剰なグローバリズムと無策の文科省が理科(物理)教育に及ぼした負の遺産といってよいでしょう。

7)茂野博:「地球科学分野における国際単位系(SI)の使用、問題点と解決策」、地質ニュース603号,25 ― 33(2004.11)

(注)引用・参考文献を示す識別番号は、よく4分の1角のサイズのフォントを用いているが、この慣例は参照数字の判読に無用な身体的負担を与えているので、ここではそれを全角で表示にしている。

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レントゲンとX線のリスク意識(2)

By   2016年11月22日

レントゲンとX線のリスク意識

--創造的知性と負の遺産--

森 雄兒

第2章 レントゲンとX線障害

□ 2ー1.X線ブームとX線障害

ほとんどの大学の物理学科には真空放電用の実験装置が備えられていたので、X線発見の報告を受けて、各地でその追試が行われた。ただ、イギリスのように真空度の低い放電管が多数使われていた地域的な事情にくわえ、電源電圧が低いことから追試に失敗するケースが多発し、一時イギリスからレントゲンの発表は虚偽であるという報告もみられた。この種の誤解はレントゲンが最も恐れていたことだろうが、追試成功の事例が相次いで公表されたためこれはまもなく沈静化に向かっている。

たとえば、ウィーン大学では同年1月17日には、もう生理学教授のジグムントらによって、前腕の骨折や銃弾のはいった手などのX線写真を自前で撮影し、医療への応用研究をスタートさせている。これは苦しむ兵士に対して手探りで銃弾の位置をさぐる当時の医療方法にとって革命的な進歩であった。同年2月にはキャベンディシュ研究所の物理学者J.J.トムソンが、X線によって空気中に電離作用がおきることを確認し、レントゲンが第1報でやりのこした課題があっという間に報告されている。

当時科学の後進国だったアメリカでは、発明王といわれていたT.エジソン%e5%9b%b3%ef%bc%98%ef%bc%8e%e3%82%a8%e3%82%b8%e3%82%bd%e3%83%b3が「エンターテイメントとしてのX線」に最も早く反応した。彼は、全社をあげ、不眠不休の体勢でX線による「透視用暗箱(Flouroscope)」や「X線による照明装置」の開発に取り組んでいる。「透視用暗箱」とは図9のように対象物にX線を照射し、それを蛍光スクリーンで受けその透過映像を暗箱の中からリアルタイムで確認する装置である。この装置は、明るい場所においてもX線の透過映像を様々な角度からリアルタイムで観察できたため、市民を驚愕させる見世物になった。同年5月のニューヨークの電灯協会博覧会で、エジソンがこうし%e5%9b%b3%ef%bc%99%ef%bc%8e%e9%80%8f%e8%a6%96%e7%94%a8%e6%9a%97%e7%ae%b1たX線の公開実験を実施したところ、X線の透視用映を一目見ようと驚異的な数の市民が見物に押しよせている。この装置は画期的ではあったが、モデルはもちろんその観察者も何のX線防護も施されておらず、リアルタイムでX線に被ばくし続ける危険な見世物であった。現在のCTスキャンの原型とも言える。
その後「エジソンのX線キット」が一般に売りに出され、こうして種のない危険なマジックが、市民のための娯楽や大道芸の仲間入りをしていく。
この開発過程でエジソンは目を痛め、エジソンの助手のクリアランス・ダリは連日実験のモデルを長時間つとめたためX線被ばくによる火傷や潰瘍を発症している。その後ダリは、潰瘍からガンを発症し両腕を切断するが、1904年39才で死亡している。X線被ばくによる最初の犠牲者と言われている。その%e5%9b%b310%e3%83%80%e3%83%aa%e3%81%ae%e6%89%8b後、エジソンは、X線の商品化から撤退する経営判断を下すが、身体に障害を及ぼす直接の原因はX線によるものとは認めることができなかった。エジソンは真理を追究する科学者や技術者というよりも科学技術をあやつるエンターティナーという際立った個性の持ち主であった。そうした彼の個性は「驚異的性質と深刻なリスク」を併せ持っていたX線の存在を客観的に受け入れらず、彼の弱点をさらけ出してしまったといってよいだろう。

本文の続きをお読みになる方は以下の文章をクリックして下さい。
▒ 2-2.レントゲンの被ばく環境

レントゲンとX線のリスク意識

By   2016年10月31日

レントゲンとX線のリスク意識                                                     VPDF2.00

---創造的知性と負の遺産---

森 雄兒

第1章 X線の発見

1.はじめに

W.レントゲンは1895年11月頃から2ヶ月の間、実験室で体の骨を映し出す現象を前にして不安と恐怖に襲われながら、X線を発見している。それは人間の骨を映し出すことがいかに当時の常識から、ありえないことであったかをよく物語っている。もちろん、当初レントゲンは自分がX線に被ばくしているという意識は持って図1..レントゲンいないが、実験が進むにつれて変化していく。X線の発見は世界中から絶賛を受け、その後放射線・核の時代の扉を開いていくことになるが、同時にそれは自分の「人生の結晶」によって自分のみならず多くの人々に放射線障害者を作り出していくことの始まりにもなる。W.レントゲンやM.キュリーは別として、その後の科学者のほとんどは「知的創造」の場面にのみ携わり、「負の遺産」は、もっぱら市民、作業員、兵士を被爆者として引き受ける分業体制の中で生きていくことになる。こうしてみると、レントゲンやキュリーは放射線を発見した「創造的知性」の人であるとともにその結果である「負の遺産」も自分の肉体で受け止めるという特別な境遇を生きた人ともいえる。

自分の「人生の結晶」が他者を傷つける、という微妙な問題を饒舌に語る人は皆無である。したがって、それについて語っている資料はとても少ない。「創造的知性」と「負の遺産」の分業化がさらに徹底している現在においては、そこに潜む問題点を明らかにすることはとても困難になっている。
以下ではそういう特別な境遇にあったW.レントゲンが、華々しい歴史的発見の裏側にひっそりと横たわる「負の遺産」をどのようなリスク意識でとらえていたのか、という視点からX線の発見過程をたどり返してみる。まずは、レントゲンがX線発見を伝えるためにとった情報戦略の話からはじめてみよう。

第1章の本文の続きをお読みになる方は以下の文章をクリックして下さい。
2.不吉なX線の超克

3.X線の発見とレントゲンの情報戦略

4.X線発見の反響

第2章 X線ブームとレントゲンの記事をお読みになる方は以下の文章をクリックして下さい。
▓ 1.X線ブームとT.エジソン

▓ 2.悪化するレントゲンの被ばく環境

第3章以下をお読みになる方は以下の表題をクリックして下さい。
 第3章 レントゲンのX線防護対策

▒第4章 レントゲンのX線防護対策(つづき)

▒第5章 本格的X線防護システム

▒第6章 創造的知性と負の遺産

▒ 霧箱で見るX線の動画映像

「サイエンスの森」、再スタート

By   2016年10月11日

「サイエンスの森」、再スタート

画像喪失などの事故後、1ヶ月のメンテナンス期間をいただき、「サイエンスの森」は2月1日に再開しました。
この機会に物理教育の内容を整理・簡潔化し、当初の方針を少し修正しました。

霧箱と物理教育というコンセプトに変化はありませんが、これからの日本の環境に大きな課題となっていく「放射線のリスク」に力点をシフトしていくことにしました。

「授業を変える実験」は画像喪失で修復中です。お見苦しい点が若干ありますが、徐々に解決する予定です。

霧箱は、核物理がもたらす「光と影」の両面をわたしたちに簡潔に見せてくれる貴重な実験装置です。これからもこの矛盾する二面性にしっかり注目し、地道にサイトを運営していきたいと思っています。

サイエンスの森は、2007年にスタートし、2015年12月31日までで10万6千人のセッションがありました。(google analysisより)。ゲストの方々のご利用に深く感謝しています。

2016年2月1日から第2期のサイエンスの森は、スタートしましす。皆様のご意見に耳を傾けながら新しい方向に試行錯誤していく所存です。よろしくお願い申し上げます。

2016/02/01  代表 森雄兒、スタッフ一同

続KBGK報告

By   2016年10月11日

▓続KBGK研究会 第188回(2017年9月15日)

・場所:都立戸山高校 物理実験室(新館4F)
1.三角コマと四角コマの回転
2.整流子のない磁石モーター(続く)
3.はねかえり係数
4.1μm回折格子シートを用いた分光計2種
5.小学生に教える被ばく
6.耳で生じる和周波数音、差周波数音と音波のうねりⅡ

▓続KBGK研究会、第187回(2017年6 月23日)

・ 場所:東大(駒場)の報告
1.ブラシも整流子もない磁石モーター(霜田光一)
2.熱力学第1法則学習後の用語(広井禎)
3.3重振り子の連成振動用Ⅱ(霜田光一)
4.気柱共鳴音が大きく聞こえるわけ(横田憲次)
5.耳に生じる和(差)周波数音と音波のうなり(小林英一)

▓続KBGK研究会、第186回(2017年4 月21日)の報告

・場所:都立戸山高校
1.作りやすいブラシレス磁石モーター(霜田光一)
2.仕事について(金城啓一)
3.用語「仕事について(その2)
4.長調と短調の3和音の音色が違うのはなぜか
5.気柱の共鳴の音が大きく聞こえる理由(横田憲次)
6.三原山溶岩の光沢(小林英一)

▓続KBGK第185 回(2016年2月17 日)の報告

・場所:東大・駒場
1.ブラシレス磁石モーター(霜田光一)
2.月の影響を考えた地球の面積速度の検討(横田憲治)
3.3重振り子の連成振動(霜田光一)
4.放射線教育について(金城啓一)
5.用語(仕事)について(広井禎)
6.いまさら聞けない、kgの意味は?その2(森雄兒)
7.三原山溶岩の光沢(小林英一)(次回にまわりました。)

▓続KBGK第184回(2016年12月2日)の報告

・都立戸山高校物理講義室、PM6時~8時
1.雨雲が黒いわけ(霜田光一)、
2.初期の会員後藤道夫先生(広井禎)、
3.雲の白さのモデル実験(小林英一)、
4.磁石モーターの効率(霜田光一)、
5.跳ね返り係数0<=e<=1の範囲外の一次元衝突実験(小林英一)、
6.アマチュア無線機を利用した電磁波の実験(佐藤正隆)
7.Monkey Hunting?(金城啓)

▓ 続KBGK第183回(2016年10月21日)の報告

・場所:東大・駒場
[1] 三角モーター(改作)(霜田光一)
[2] 高校での核の取り扱いについて(金城啓一)
[3] フーコー振り子のモデル実験(霜田光一)
[4] 地球の面積速度の検討(横田憲治)
[5] 白い雲と黒い雲。雨雲はなぜ黒いか。(霜田光一)
[6] 音波の差周波数を聞く実験(小林英一)

▓続KBGK第182回(2016年8月26日)の報告

・場所:都立戸山高校
[1]三角モーター(霜田光一)
[2]垂直跳びをしている人が持つ単振り子の実験(小林英一)
[3]3原色と色度図の分子論(霜田光一)
[4]太陽の子午線通過時間から地球の公転軌道の離心率を求める(横田憲治)
[5]はね返り係数の歴史に関する報告の紹介と若干の考察(小林英一)
[6]kgの意味はなに?ーー高校生のアンケート調査よりーー(森雄兒)
[7]エコノミストが高校物理を振り返る(広井禎)

kgの意味は何だろう?--調査データを中心にーー(前半)

By   2016年10月10日

kgの意味は何だろう?ーー調査データを中心にーー(前半)

はじめに

いま、理科を学ぶ中学生を中心に高校生、大学生にも「重さ」、「重量」と「質量」の区別がつかなくなる混乱が日常的に起きています。以前の中・高校生は「重さ」はよく分かるが、「質量」はよく分からないと言うのが、ほとんどでした。

それがサイト等で中学生が「重さも質量もわけが分からない!」と切れてしまう発言をみかけるようになりました。

かつての生徒は生活で実感できる「重さ」という体験を足場にして「質量」という抽象的な概念の学習に繰り返しとりくんでいくのが、普通でした。それが15年ほど前から「質量がわからない。」だけでなくその足場である「重さ」までわからなくなる、いままで誰も体験したことがない新現象が起き始めていました。

以下では、この新現象についての高校生に対してのアンケート調査を行い、そのデータから具体的に何が起きているのか、解析していきたいと思います。

 

1.Kgの記号の意味に自信がない中・高校生

新たに進行し始めたこうした混乱の原因を明らかにするため、2016年、2017年と2年間にわたり「kgの意味は何?」というテーマでアンケート調査をしました。調査は2つの進学校の高校2年生229名(文理混合)を対象に行いました。教材の「到達度」を測る調査ならば、分析方法がすでに定式化されているといってよいでしょうが、「混乱」状態を明らかにする調査の場合はそう簡単にはいきません。到達度が低いことをもって「混乱」状態と安易に見なしがちですが、今起きている現象はそれでは明らかになりません。

たとえば、この調査データでは、混乱をかいくぐって正答を選択している生徒が、コメントでその答に全く納得していないという状態にあることを述べているからです1)。生徒のコメント数が少ないため、必ずしも十分とは言えませんが、採取したデータと生徒のコメントをつきあわせながらその混乱の位相を明らかにしていきたいと思います。

また、この「kgの意味」の混乱が何故発生したのか、その社会的背景については、『計量法改正がもたらした「重さ・重量・質量」の混乱」』2で詳述したのでそれをご覧下さい。アンケートの内容の全体に関心がある方は同論文の末尾に掲載してあるのでそれをご覧下さい。アンケートの内容は(問1)~(問4)までありますが、本稿では(問1)と(問4)に論点を絞り分析していきます。

(1)(問1kgの意味の調査結果の概要

(問1ー1)と(問1ー2)の回答結果を「自信の有無」を考慮せず単純集計すると、図1、図2のようになります。

図1をみると、回答分布は②質量(100名、44%)、③重さ(31%、71名)、④重量(24名、11%)、⑥重複回答(26名、11%)ですが、同じ意味の「③重さと④重量」を合算すると(95名、42%)になり、ほぼ②質量の100名と同じ位の人数になります。従って、「kgの意味」の回答分布は、(正答):「質量」(100名、44%)、(誤答):「重さ+重量」(95名、42%)と、残りの(誤答):「重複回答」(26名、約10%)とおおまかに3つの部分から構成されていると言えます。「重複回答」とは、kgの意味を「質量」、「重さ」、「重量」などをみな同じ意味だ、とみなしている誤答です。

次に図2をみると、この回答をした生徒229名中の75%(171名)の生徒が回答に「自信なし」と答え、「自信あり」という生徒はわずか25%(58人)しかいないことが目を引きます。

「kg」という記号は、かれらが小学校入学以前から、毎日の生活の中で使い続けてきた単位です。その「kgの意味」を、高校生になっても、全体の4分の3の生徒が自信をもって答えられないというのは、驚くべき現象といってよいでしょう。

この結果は個人の勉強不足や努力不足が原因としてかたづけられるものではなく、何らかの社会制度上の問題が錯乱子として彼らに作用し、混乱をもたらしつづけているためと考えるのが妥当だと思います。

(2)「自信の有無」から見た「kgの意味」

それでは「自信がある」と答えた生徒は、kgの意味の混乱からまぬがれ、「自信がない」と答えた生徒はその混乱の渦中にいるのだろうか、ということが疑問になります。また、この2つのグループは何を契機に互いに逆の方向へ分化していったのだろうか。こうした疑問を明らかにするために、「自信の有無」で「kgの意味」の回答を場合分けしてみたのが図3と図4です(クロス集計)。

(3)「自信あり」と「自信なし」グループの「kgの意味」

先ず、「自信あり」グループは、「kgの意味」をどう答えているのか、図3のグラフでみてみましょう。

「自信あり」グループは図2で見たように調査全体(229名)の約4分の1(58人)という少数グループです。その58名中の62%(36名)の生徒が「質量」と正答をしています。その次は「重さ」や「重量」を選択し、誤答した生徒が36%(15名)(ただし、重量の選択者は0名です。)、そして「重複回答」の誤答を選択した生徒が8%(5名)と続きます。

「自信なし」グループの「kgの意味」の集計結果は図4の通りで、分布は「自信あり」と多少異なります。 「自信なし」グループは調査対象全体の約4分の3(171名)を占める多数グループです。その中で最も多い回答は正答の「質量」37%(64人)です。その正答比率は「自信あり」グループ62%の半分近くしかありません。従って、自信有無と正答者の数は、相関関係ありと予想されます。次は誤答「重さ」35%(60人)に加え「重量」と誤答したのが13%(24人)になります。「自信あり」グループでは「重量」が0名でしたが、「自信なし」グループでは「重量」を選択する生徒が13%(24名)もいるこの違いは目をひきます(あとで議論をします)。

こうしてみると「自信あり」グループでは図3のように(正答)「質量」(62%)と(誤答)「重さ」(26%)で全体の大部分を占めています。「重量」は0%でした。他方の「自信なし」グループでは、(誤答)「重さ」(35%)と「重量」(14%)で半数を占め、その次が正答「質量」(37%)、「重複回答」(10%)が続きます。こうした点から自信なしグループは回答がばらけて、多様な誤答行動をしている大集団といってもよいと思います。

(4)2つのグループに分離した原因

この少数集団の「自信あり」グループの「質量」と正答した36名(62%)は、一体どのようにして「自信」を獲得したのだろうか。「自信なし」グループと同じ授業を受け、同じ受験を体験した生徒達が、何を契機に「自信あり」と「自信なし」に分かれ図3と図4のように異なった「kg」の意味の解釈をしていくようになったのかは、とても興味深い点です。

そのヒントになるものとして「自信あり」グループで正答「質量」を選択した一人の生徒がアンケートの中で以下のようなコメントを残しているのでそれをみてみましょう。

「意外と分かっていなかったのでーー」という理由は、(問1ー1)では正答をしたが(問4)でミスをしているからです。(その詳細は(問4)の分析の折に再びふれますが、ここでは、この生徒が「もう一度語句の定義を押さえたいと思いました。確認になって良かった。」と言っている点に注目してみました。この生徒の定義の確認の場所は、恐らく教科書やそれに準じた参考書だろうと思います。中学・高校理科や物理の教科書、参考書では、当然のことながら国際標準のSI単位系で「kg」を「質量」の意味で説明し、「重さ」や「重量」は力の意味でその単位はニュートンと説明をしています。従って「自信あり」グループで「質量」を選択した生徒の自信のよりどころは、教科書・参考書などによるものといってよいでしょう。

他方、回答に多様性をもった「自信なし」グループは図4のグラフの中で教科書通りに「②質量(正答)」を選んだグループ64名も、教科書とは異なった「③重さ」を選んだ53名も,「④重量」を選んだ24名のグループも、ためらいながら、自信がなくそれぞれの選択肢を選んでいるものと思います。すでに述べたように今回の調査対象とした生徒は高校受験をかなりの好成績で通過した集団です。こうした生徒が教科書の記述内容を全く失念してしまっていたり、教科書の記述を否定的にとらえ始めているわけでもありません。彼らは教科書の内容を受け入れ、さらに生活体験の中で当たり前に流通している情報も正しいハズと素直に受けいれ、その結果kgの意味に論理的整合性がとれなくなり、「自信」を持てず困惑しつつ回答をしていると思います。

すると、教科書の知識と異なり、これだけ大きな社会的影響力を彼らに及ぼし「自信なし」に追いやっている生活体験からの情報源とは、一体何なのだろうか、ということが次の問題になります。

2.「経産省・用語法」

 (1)「経産省・用語法」と「物理用語」の矛盾

ここで、理科の教科書に匹敵する、或いはそれよりはるかに大きな社会的影響を及ぼしているのは、経産省が中心となって推進している「質量や重さや重量」などについての特異な用語法が原因であると仮定して今までの現象を説明してみましょう。通常の理科(物理)の授業では「物理用語」に従って「重さ、重量」の用語を「weight」の意味または「重力、力」の意味として授業を展開しています。

それに対して、1992年の計量法改正前後から経産省は「重さ、重量(weight)」の用語の意味を「質量(mass)」という意味で使い始めます。経産省は「重さ、重量、体重」はもともと「質量(mass)」の意味であると主張し、SI単位系(国際単位系)とも異なった特異な用語法を作りだし、これを国内で公用語のように使い始めました。これを以下では「経産省・用語法」と呼ぶことにします。

この用語法は、経産省を発信源として産総研、国土交通省、総務省やその傘下の郵便事業、NHK、全国の各新聞などに大きな影響を及ぼし、われわれの生活の中に着実に入り込んできつつあります。例えば総務省管轄下の日本郵便(郵便局)で使っている郵便物の「重さ、重量」という言葉は「国際単位系」や「物理用語」のように「力:N(ニュートン)」の意味ではなく「質量:kg」の意味で使っています。NHKも以前は「質量:kg」と報道していたのですが、計量法改正後「質量kg」のことを「重さkg」と報道するようになり、「重さ」と言う言葉の意味を「力、重力」の意味から「質量(mass)」の意味に変容させ、「経産省・用語法」にシフトしています。

全国紙の新聞は、経産省・用語法に忠実な新聞から、それに慎重なものまで様々です。そんな中で、最近朝日新聞が突然、経産省・用語法のトップランナーにとびだすハプニングがありました。それは物理学者・梶田氏のノーベル賞・授賞記事において朝日新聞が1面トップの大見出しを「ニュートリノに重さを発見」と報道したことです。これに対して他のすべての新聞のトップ見出しは、「ニュートリノに質量を発見」でした。この科学的にビッグな事件の報道では、ほとんどの新聞が国際標準のSI単位である「物理用語」で報道する中、朝日新聞1社だけが「経産省・用語法」で1面トップの見出しを飾りました。JAPAN TIMESなど外国新聞も、勿論「weight」(重さ)ではなく「mass」(質量)で報道しています。計量法が完全実施されてから18年を経過しても、各新聞社の足並みは同じではありません。最近何かとバッシングされることが多い朝日新聞のように報道スタンスに大きな動揺をみせる新聞社もあり様々です。

こうした現状の中で理科の公教育を受けている生徒たちは、日常生活において矛盾する2つの用語法に取り囲まれて混乱し、kgの意味に自信を持って答えられなくなることは至極当然のことです。生徒と同様に、一般市民も実はこの混乱の渦中にあるのですが、中・高校生と違って一般市民には「物理用語」で答えなければならないテストというものがないので矛盾や混乱をあいまいなままに放置しておくことができます。ここで念のために生徒や市民が直面している矛盾する2つの用語法をあらためて整理すると以下のようになります。

理科(物理)を学ぶ生徒達は商品売買の生活のなかで使われている「重さ=重量(=体重)」=質量(mass)」という「経産省・用語法」に接するのはほぼ毎日です。他方、それと同じ言葉を公教育で理科や物理などの教師が「物理用語」に従って「重さ、重量(weight):N、kg重」や「質量(mass):kg」の定義の違いを教えるのは年間授業時間のほとんど一瞬というほどの短い時間です。現実の生徒たちは、「理科室」と「日常生活」という言葉の意味が異なる空間を往復し、矛盾するこの2つの用語法を一つの知性の中に併存させていかなければなりません。これがいまの生徒達がおかれている現状です。

(2)「経産省・用語法」に振り回される「重複回答者」

「経産省・用語法」の存在がわかったところで、ここで、現実の(問1ー1)のアンケートのデータに戻りましょう。

経産省・用語法に強く影響を受けたと思われる「重複回答者」は集計してみると、表2にあるように26名います。しかし、この重複回答者でコメントを残してくれた人は残念ながら一人もいませんでした。このアンケートでコメントを残してくれた生徒は総計19名いますが、その殆どが「わからない」、「難しい」という主旨のコメントです。この中で「重複回答者」ではないのですが、コメントの内容からあきらかに「経産省・用語法」の重複回答について言及していると推測できるコメントが一つあるのでその事例を紹介します。

この生徒は、(問1ー1)でkgの意味を「重さ」と誤答し、(問4)では「よく分からない。」と回答しながら「全部同じ意味だと思っていました。」とコメントしています。 この生徒が全部同じ意味と思っていたのなら、(問1ー1)では「重さ」ではなく「重複回答」を選択するはずなのでは?と通常は思います。ところが、よく考えてみるとそうでない場合があるようです。この生徒は当初「重さ」=「重量」=「質量」と思っていて、どれでも同じ中の一つの「重さ」を当然のこととして選択していたと思われます。そしてアンケートに答えていく内にその考えが間違っていることに気づき、「全部同じだと思っていました。」というコメントを書いたのだと思います。そういう観点から今までのデータを振り返ってみると、「重さ」や「重量」と単独の回答している中にも実は相当数の隠れ「重複回答者」が潜んでいる可能性が考えられます。

表2は「重複回答」者から見たkgの意味は「質量」=「重さ」=「重量」、またはそれに準じた見方の一覧と選択者の人数です。これを選択した生徒は表1に示した「経産省・用語法」の影響をかなり強く受けて、「kgの意味」の混乱の渦中にいる生徒たちです。経産省は省内に設置した「SI単位等普及推進委員会」において「kg」という記号さえ使っていれば、「重さ」=「重量」=「体重」(=「質量」)など対応する用語はどれでもよいという方針をとったので、その用語法が日本中に流通していきました。その結果が大きく表2の高校生の調査データに反映されているとみてよいでしょう。

(注)①力=③重さ(4名)や③重さ=④重量(7名) の重複回答は正しい意味なので、重複回答から除外し、③重さと読みかえてカウントしている。

「経産省・用語法」に従うと、健康診断での「体重」は実は「質量:kg」の意味であり、自動車の車体計量所での「車の重量」も実は「質量:kg」の意味であり、郵便局の料金表に表示している小包の「重量」も「質量:kg」の意味と読み解かなければならなりません。さらにマスコミやネットを通じて絶え間なくわれわれの生活にこうした用語法での情報が流れ込んできます。言葉に敏感な若い世代はそうした用語法が当たり前と先入観念をもたずにその影響をどんどん受けいれていきます。

こうした「経産省・用語法」に影響をうけ、重複回答した生徒たちが「自信あり、なし」を含めて26名いました。その内訳は「自信あり」グループが19%(5名/26名)、「自信なし」グループが81%(21名/26名)です。さらに「自信なし」グループが経産省・用語法によって特に強い影響を受け重複回答しているだけでなく、コメントHのケースから「重さ、重量」などの選択者にも相当の重複回答者の生徒が含まれていると推測して良いことがわかります。つまり「自信あり」グループは「教科書や参考書」に支えられ、「自信なし」グループは「経産省・用語法」に強く影響されてこの2つのグループに分化していったものと思われます。

 3.生活から遊離する理科(物理)

1992年に経産省によって推進された計量法の改正(完全実施は1999年)は、教育を受けている子供達のみならず実は国民全体に対しても非常に大きな影響を及ぼすものでした。しかし、その変化の核心については、大手マスコミが報道統制にでもあったかのように沈黙してしまい、国民にはその核心部分は報道されなかったので、その内容を改めてここで確認しましょう。

これは「SI単位」以外の使用を認めないシステムなので「全面SI化」とも呼んでいます。「全面SI化」は、最先端技術にとっては最適の単位系のシステムと言ってよいのですが、商品売買や生活者にとっては最悪の単位系のシステムと言って良いでしょう。なぜなら「全面SI化」すると商品を最も分かりやすい「重さや重量」で取引することができなくなるからです。その理由は「SI単位」では商品売買に使える「重さの単位」が欠落しているからです。今まで毎日使っていた商品の重さの単位「kg重」の代わりがSI単位系には存在しないので、商品売買に使う重さの世界にポッカリと穴があき空白が生じてしまいます。より端的に言えば、SI単位系の「重さ、力」の単位はニュートンですが、ニュートンには法定計量単位としての能力がないのです。従って、「全面SI化」をすると、必然的に「重さ、重量」の代わりに今度は「質量」概念で商品売買しなければならなくなるのです。 この法定計量単位の重大な変化について経産省、文科省、マスコミ、物理学や関連する教育学会は全く沈黙してしまいました。

こうした点を検討してみると1992年の改正計量法は、商品売買の歴史上かつてないほどのハイレベルな一大変化だったことがわかってくると思います。しかし、担当官庁の経産省はこの超ハイレベルな改正内容をはじめから国民に正面から告知するつもりはなかったと思われます。その理由は全国民が「質量」概念を理解し、それを道具として毎日の商品売買の手段としてこれを使いこなすことは不可能と判断したからでしょう。そこで、経産省はその法律の推進のために、「質量(mass)」と言う言葉の使用をできるだけ回避し、「重さ、重量、体重」などの言葉で置きかえる言葉の擬装をはじめています。さらに「kg」に一定の言葉を規定しないで「kg」という記号そのものを普及推進する方針をとりました。

経産省のこうした方針は、1992年頃からわれわれの生活の中に徐々に流し込まれていきます。そして計量法の改正にともなう異変が中学校において影響を及ぼしはじめたのは、2002年に改訂された教科書で生徒達が学び始めたときからです。それに呼応するように中・高校では、重さの単位「kg重」が教科書のメインストリートから消えていきました。「法定計量単位」から「重力単位」を廃止しても、商品売買上の取引や証明と無関係な研究・教育活動においては、計量法の規制の対象とならないはずでした。しかし、文科省は理科(物理)の教科書において「重さ:kg重」の単位を原則廃止し、そのかわりに天上から隕石でも落下してくるように「力:ニュートンの単位」を中学校理科に導入させました。文科省は、経産省の産業政策と全面的に同調し中・高校の教育においてもSI単位以外許容しない「全面SI化」の路線を2002年以降導入したわけです

こうして生徒達は2002年以降、一方の生活においては「経産省・用語法」(「重さ」=「重量」=「体重」=「質量」)に取り囲まれ、他方の理科の公教育においては「全面SI化」され(「重さ」=「重量」=「力」)で教育されるという矛盾した2つの言葉の定義に直面することになりました。

そして公教育の理科では「重さ」という生活実感をもった物理量が不在のところで、「質量」概念を学ばなければならなくなります。いままでの理科教育は、科学の歴史的発展過程のように、生活実感のある「重さ・重量」をベースにしてそこから「質量」という抽象的概念形成の階段をたどっていく学習展開が可能でしたが、2002年以降はこの教育方法が、困難になってしまいました。文科省の方針によって理科教育の中から「重さ・重量」の梯子が取り外されてしまい、突然「質量」の理解までジャンプすることを要求されるようになったからです。例えば、運動方程式を学ぶ前に重さを計算するためには、運動方程式の結論である次の式(重さ=質量×重力加速度 N) を丸暗記しなければならなくなってしまいました。(または、何の説明もなく、重さ≒質量×10とよく丸暗記させています。)

「kgの意味」について、「自信なし」と答えた調査全体の75%(171名/229名)の生徒の多くは、多かれ少なかれこうした「経産省・用語法」から影響をうけ、教科書物理と矛盾におちいり、論理的整合性がとれない中で漂流している生徒たちです。初めて理科で物理を学んだ中学2年生の頃は、全員が混乱し「自信なし」集団だったのではないかと思います。その中から「理科」と「生活体験」を切り離し「学校理科(物理)」だけに注目することによって「自信あり」グループの一群が分化していったのではないかと推測されます。

このことは次の「重量」という用語の使用頻度が「自信あり」グループと「自信なし」グループで鮮明に異なっている事からも推測できます。「経産省・用語法」が使用される生活体験の中では「重量」(=質量)という用語が多用されていますが、「教科書物理」ではまったくといって良いほど「重量」(=力)という用語が使われていません。こうした事情を反映して、経産省用語法に強く影響をうけた「自信なし」グループはkgの意味を「重量」という意味に受け取った生徒が24名(図4)もいたのに対して、学校物理に傾斜する「自信あり」グループにおいてはkgの意味を「重量」と言う意味に使う生徒が一人もいませんでした。

理科や物理の教科書は経産省の「全面SI化」政策に追随して、改訂されていきましたが、この方針によって「kg重」から「N(ニュートン)」に改訂された理科の教科書を見た当時の中学校の教師は、「理科が生活から遊離していく。」とブログで驚きの心情を述べていました3。このコメントのように今度は「理科」を学ぶ生徒たちが「N(ニュートン)」という生活とまったく無縁な力の単位を受け入れ、理科(物理)がそもそも生活から遊離した別な世界の存在として受け止め始めます。つまり「自信あり」グループは、理科(物理)から生活を分離することによってあやうい「自信」を獲得し始めたグループとも言うことができます。

他方、「自信なし」グループは、「生活」(経産省・用語法)と公教育の「理科」(SI単位系)との間で混乱し、「経産省・用語法」を駆使しても全く論理的に整理できないためとても複雑な反応をしています。恐らく、生徒にとって「理科」は「生活体験」の中にあり、それと矛盾する事自体が信じられないという健全な科学観を持っており、それが逆に「自信なし」グループを混乱に長く引きとどめているのではないかとも思われます。(前半:終わり)

後半を読む

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ベータ線霧箱基本編――ドライアイス

By   2016年1月21日

Ⅰ.霧箱(ベータ線)基本編

1.ベータ線霧箱の作り方―――ドライアイスを使う方法

STEP1. 準備するもの

○ドライアイス

・宅急準備1ドライアイス便でドライアイスをブロックで購入してもよいし、5分間くらい霧箱の飛跡をみるだけでよいときには、冷凍食品を買うときもらえる粒状のドライアイスでも間に合います。(写真の分量で5分位は十分観察できます。)

 

○パイレックスガラス容器

準備容器 2・ サテンの布

・iwaki スポンジ型(径18cm用) KBT240
・黒か濃紺のラシャ紙またはサテンの布。

 

○無水エチルアルコール
エタノール3・薬局にあり。
値段が少し高くなりますが、必ず「1級」(99.5%)と書いてあるものを入手しましょう。

 

 

○線源

・ガスマントルやユークセン石は、厚めの黒のラシャ紙等で包む。アルファ線はカットされるがベータ線は通過する。
・ガスマ線源マントル4ントル
キャンプ用ガスランタンの芯。アウトドア用品売り場にあります。GM管を持って行けば確実に分かります。

・鉱物標本:線源ユーク5ユークセン石

 

 

 

○ラップフィルム
ラップ6・ サランラップ(旭化成)が推奨。他のメーカーは、薄いのでやぶれやすい。

 

○アクリル定規
・ティッシュペーパーでこするので、なるべく30㎝以上の長さのものが静電気を起こしやすい。
・発生する摩擦電気は、ティッシュペーパーが負に、アクリル定規が正に帯電する。(塩ビの定規もあるので間違えないように。)

○ピペットかスポイトか代用品

○ティシュペーパー

○厚めのタオル

 

STEP2.作り方

①パイレックスガラス容器

1製作パイレックスガラス容器と厚手のタオルを用意します。

 

 

②サテンの布を入れる

霧箱の2製作中に底の形に合うようにラシャ紙かサテンの布を底に敷きます。

 

 

 

 

③アクリルシートを敷く

3シート製作3サテンの布の上にアクリルシート を敷きます。

 

 

 

④布帯を取り付ける

4帯製作霧箱の周囲に布帯をセットします.霧箱の深さの中間の位置に取り付けます。

 

 

 

⑤エタノールを注入する
5ピペット製作5ピペットで布帯に十分にエタノールを含ませます。

さらに底の部分にもエタノールを注入します。

 

 

⑥線源を入れる

6線源製作 線源を霧箱の内部に入れます。線源にユークセン石を使う場合には、ユークセン石をキッチン用のアルミホールか黒い紙で包みましょう。 その理由は、α線を遮蔽し、β線だけ通過させるためです。

 

 

⑦ ラップフィルムでふたをします。
7ラップ製作ラップフィルムは厚くて、やぶれにくいサランラップが最適です。

エタノール蒸気がもれでないように周囲をラップフィルムでしっかり密封し、気密を保ちます。

 

⑧ドライアイスを敷く。
8ドライアイス製作8ドライアイスが写真のような粒の場合には、そのままタオルの上に平らに敷き、容器の底と同じくらいの面積にまで広げます。

ドライアイスが大きな塊の時には、適量をタオルにくるんでハンマーでたたき小さな粒にします。

 

⑨アルミ板を敷く

9アルミ製作9広げたドライアイスの上にアルミの板を置く。
ドライアイスとアルミ板がよく接触するように容器を1,2秒くらい下に軽く押します。(「ジュー」というドライアイスの蒸発音が聞こえてきます。)

 

⑩霧箱容器をアルミ板の上にのせる
10移動製作アルミ板の上に霧箱をのせます。霧箱が水平になっているか確かめましょう。もし、傾いているときには霧箱やアルミ板をかるく下に押しドライアイスがより平らになるようにします。
アルミニウム板は、霧箱を均一に冷やすためのものです。

 

⑪光源をセットする
11光源製作光源はできるだけ明るいビーム状の光線がお奨めです。なるべく光源は2ヶ用意しましょう。

β線は、蜘蛛の糸のようにとても細い飛跡なので、飛跡ができていても、照明が暗くそれに気がつかないということがよく起きています。

少しまぶしいかもしれませんが、光源に対して逆光の方向から飛跡を見るのがβ線の飛跡がみえる必須のアングルです。順光からみるとほとんどの場合、よほど好条件でなければ飛跡が見えませんので注意!

⑫霧箱の上で帯電したアクリル棒ゆっくりふる

11製作完成イラストアクリル定規をティシュペーパーでこすり、帯電した状態にします。霧箱の5㎝くらい上をゆっくりと水平にお祓いでもするように移動させます。約3分から5分位でβ線の飛跡が見えてきます。物差しの帯電具合、物差しを揺らす時間間隔,距離,など試しながら飛跡が最も鮮明に見えるベストの方法を探してください。

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8年目の「サイエンスの森」・VTR教材「質量」の紹介

By   2015年5月7日

・新計量法が施行され、今年で16年目になります。SI単位系の全面導入によって「重さと質量の混乱」「理科の生活からの遊離」など理科教育へさまざまな混乱をもたらしている事を認知する人が増えてきています。こうした問題への取り組みと同時に、サイエンスの森では長年の懸案であった教材「質量」を完成させました。世界中から最も良質な映像を収集し再構成し、質量の存在を直感的に理解するためのビデオ教材を紹介しています。トップページの「授業が変わる実験やアイディア」から「VTR「質量」を使った授業展開とアンケート調査」へ入ると、そこから教材の入手が可能です。授業に是非、ご利用下さい。2015.5.7

・「レントゲンとX線のリスク意識」の工事がおわりました。原因不明で欠落してしいたファイル「霧箱で汚染土壌のベータ線を見る(第2回)」を復旧させました。ご迷惑をおかけしました。現在、力学のファイルがダウンロードできなくなっています。もう少しお待ちください。

・「サイエンスの森」のサイトがスタートしたのが2007年6月でした。スタッフの協力で7年が過ぎ、8年目にはいりました。この機会に、ビジターの人数を表示するカウン ターを設置してみました。

・2011.3.11以降、突然「霧箱」が注目されるようになり、ビジターの人数が突如1桁を軽くこえる上昇をしおどろきました。放射線で一体、何が起きているのか。多くの人が、それを自分 の目で確かめたかったからだと思います。「サイエンスの森」では、それ以降「霧箱の飛跡」をどう読み解くかという記事にとりくんできました。汚染土壌を採取し、霧箱で実験をし、 そこから内部被ばくを考え、体内で何が起きているのかを、具体的に理解するという視点に取り組んでいます(→「霧箱で汚染土壌のベータ線を見る。」など)

・これからも「霧箱のサイエンス」と「物理教育」を軸に「サイエンスの森」は皆様に役立つ情報をゆっくりですが、着実に発信していきたいと思います。よろしくお願いします。(スタッフ一同)