By   2016年10月31日

レントゲンとX線のリスク意識                                                     VPDF2.00

---創造的知性と負の遺産---

森 雄兒

第1章 X線の発見

1.はじめに

W.レントゲンは1895年11月頃から2ヶ月の間、実験室で体の骨を映し出す現象を前にして不安と恐怖に襲われながら、X線を発見している。それは人間の骨を映し出すことがいかに当時の常識から、ありえないことであったかをよく物語っている。もちろん、当初レントゲンは自分がX線に被ばくしているという意識は持って図1..レントゲンいないが、実験が進むにつれて変化していく。X線の発見は世界中から絶賛を受け、その後放射線・核の時代の扉を開いていくことになるが、同時にそれは自分の「人生の結晶」によって自分のみならず多くの人々に放射線障害者を作り出していくことの始まりにもなる。W.レントゲンやM.キュリーは別として、その後の科学者のほとんどは「知的創造」の場面にのみ携わり、「負の遺産」は、もっぱら市民、作業員、兵士を被爆者として引き受ける分業体制の中で生きていくことになる。こうしてみると、レントゲンやキュリーは放射線を発見した「創造的知性」の人であるとともにその結果である「負の遺産」も自分の肉体で受け止めるという特別な境遇を生きた人ともいえる。

自分の「人生の結晶」が他者を傷つける、という微妙な問題を饒舌に語る人は皆無である。したがって、それについて語っている資料はとても少ない。「創造的知性」と「負の遺産」の分業化がさらに徹底している現在においては、そこに潜む問題点を明らかにすることはとても困難になっている。
以下ではそういう特別な境遇にあったW.レントゲンが、華々しい歴史的発見の裏側にひっそりと横たわる「負の遺産」をどのようなリスク意識でとらえていたのか、という視点からX線の発見過程をたどり返してみる。まずは、レントゲンがX線発見を伝えるためにとった情報戦略の話からはじめてみよう。

第1章の本文の続きをお読みになる方は以下の文章をクリックして下さい。
2.不吉なX線の超克

3.X線の発見とレントゲンの情報戦略

4.X線発見の反響

第2章 X線ブームとレントゲンの記事をお読みになる方は以下の文章をクリックして下さい。
▓ 1.X線ブームとT.エジソン

▓ 2.悪化するレントゲンの被ばく環境

第3章以下をお読みになる方は以下の表題をクリックして下さい。
 第3章 レントゲンのX線防護対策

▒第4章 レントゲンのX線防護対策(つづき)

▒第5章 本格的X線防護システム

▒第6章 創造的知性と負の遺産

▒ 霧箱で見るX線の動画映像

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