By   2017年11月15日

kgの意味は何だろう(後半)

4.商品売買の手段を言葉で問う(問4)の回答と分析

次は、こうした「自信あり」・「自信なし」グループが記号「kg」に対してではなく、「商品売買の手段は何か」について言葉で答えてもらう(問4)にどう反応したのかを見ていきましょう。

(1)(問4)の内容

(問4)の設問の趣旨は(問1)のように「記号:kg」からその意味を問うのでなく、「商品売買」の手段を妥当な「用語、言葉」で答えてもらうための問いになっています。従って生徒は(問1)より(問4)の方が回答するために「売買手段の意味」や「はかる」という行為を改めて考え直す必要が出てきます。

 

(問1ー1)での正答者は「自信あり」グループ58名中で34名(62%)「自信なし」グループ171名中で64名(37%)でした(図3、図4)。「自信あり」グループの正答率は「自信なし」グループより2倍近くも高い正答率でした。次にこの(問1)の「自信あり」、「自信なし」グループの正答者が、(問4)で商品売買の手段を言葉で問われると劇的な変化を起こします。その変容過程を追跡しまとめたのが図5、図6です。図5が「自信あり」正答者36名の、図6が「自信なし」正答者64名の変化の行方です。以下ではこの数字を見ながら、生徒の混乱の位相を考えてみましょう。

(2)(問1ー1)の正答者(100名)は、(問4)でどう変化したか?

図5の「自信あり」のグラフをみると(問1-1)で正答した36名が(問4)でも「質量」と正答できたのはわずか4名だけであることがわかります。「自信あり」グループの総数58名を基準にすると正答者は比率が62%から7%へ劇的に減少しました。「自信あり」グループの空中分解といって良いでしょう。

同様に図6の「自信なし」のグラフを見ると(問1-1)で正答した64名が(問4)でも「質量」と正答できたのは10名だけです。「自信なし」グループの総数171名を基準にすると正答者は、比率が36%から6%への急激な減少です。「自信あり」より多少緩やかですが、同じ急激な減少といってよいでしょう。

kgの意味を問う(問1ー1)では「自信あり」の正答率が62%であるのに対して、「自信なし」」の正答率が37%と低くかったので、「自信の有無」と「正答率」の大きさに正の相関関係を予想させる差がみられました。そこには生活体験をわきに置いて教科書物理に特化したことによる「自信あり」の影響を見ることができました。それが(問4)の回答では一変して「自信あり」7%と「自信なし」6%と互いの差が殆どなくなってしまいました。このことから(問4)の言葉で商品売買の手段を問うと「自信の有無」が正答者の比率に影響を及ぼす因子やパラメーターではなくなったことが推測されます。すると自信の有無と無関係になっていった(問4)の7%や6%の正答率は、一体何の影響を受けているのかが疑問になってきます。

(3)正答者と誤答者の混乱の位相

次に視点を変えて、その混乱状態をこんどは生徒のコメントから検討してみましょう。「自信あり」の模範解答者4名の中にはコメントする生徒は一人もいませんでしたが、「自信なし」の模範解答者10名の中にはコメントを残してくれた生徒が2名いました。そのコメントには、この混乱の中を彼らがどのように勉強して(問1ー1)(問4)の正答に到達したのかを推測させる貴重な手がかりがあるのでそれを紹介します。

〇B、Cともに「自信なし」グループで(問1)(問4)ともに「質量」と正答した数少ない10名のなかの2名です。Bの生徒は、「あまりちゃんと理解していないです。」とオブラートで包んだように柔らかい言葉でコメントをしています。それに対してCの生徒は、「分からないことだらけでした。」と明確に自分の理解情況を伝えています。自分の思考過程をモニタリングし、その結果は「分からないことだらけでした。」と正面から答えています。この2名のコメントは表面的な言葉の違いはありますが、いずれも同じメタ認知の状態といってよいでしょう。2人とも<いくら考えても>「分からない」だけでなく、<わからない理由もわからなかったこと>を認知していると思われます。結局、この生徒はいずれも論理的整合性がとれない混乱の中で、現実的にどう対応したのかというと、それは自分の論理的整合性や納得感を放棄して<丸暗記>したと述べているのです。こうした「自信なし」の正答者の率直なコメントから、彼らが陥っている混乱の位相は、正答者も誤答者も実は本質的な違いがないことを示していると言ってよいでしょう。

他方の「自信あり」の正答者のコメントは、残念ながら得られなかったので、「自信あり」グループで(問1)で誤答をした生徒が(問4)でも誤答した生徒の場合のコメントを再度紹介します。

(問1)においてコメントを紹介したとき「自信」の由来は語句の定義の確認を教科書などに求めているケースと解釈をしました。ただ、「意外と分かっていなかったので」という意味が読者には分からなかったと思います。この生徒は(問1ー1)で「質量」と正しく回答していますが(問4)では動揺し商品売買の手段を「質量」ではなく、「②重さ、重量」と誤った回答をしたため「意外と分かっていなかったのでーーー」と本人がコメントしていたのです。

これをコメントしてくれたAは、結局(問4)で「重さ、重量」と間違った回答をした原因を自分の不十分な勉強のせいにして、もう一度教科書に立ち戻らなければならないとその決意を述べていたのです。しかし「生活」の中に氾濫している「経産省・用語法」に毎日さらされ続ける以上、いずれ矛盾・対立する「物理用語」との混乱が再発するだろう事への疑問まで本人は、思いいたっていません。

公教育で「kg」に関する授業になると、その場しのぎに「物理」の教科書に自信のよりどころを求め、とりあえず「生活」の中の「経産省・用語法」を無視するスタンスをとるのは、何も中・高校生だけではありません。教育系や医学・薬学系など物理学の初歩を学ぶだけの大多数の大学生にとっても、力学を学習するたびに繰り返すその場しのぎのルーティンワークになっていることが実情です。しかし、必要になるたびに定義の確認を何度くりかえしても、ほとんどの中・高校生も大学生もこの矛盾の根本原因を理解できずに結局わけのわからないまま丸暗記を繰り返していくうちに分からないことに慣れて行きます。

このように「自信あり」の生徒たちは「kgの意味」という(問1ー1)を前にして、教科書という小さな島に上陸することに一時的に成功しますが、(問4)の大波がやってきてあっという間に殆どの生徒が混乱の海に投げ戻されてしまいます(その結果、正答者率:62%→7%)。特に「自信あり」の生徒は、この問題の解決を安易に教科書に求める傾向が強いため、その分(問4)で急激な正答者率の減少をひきおこしています。他方で、「自信なし」グループは、正答者も誤答者も訳がわからず混乱の海を漂流し、わからないことに対する不信感を高めて行きます(37%→6%)。

そして自信の有無を問わず、生徒たちのごく一部(6%,7%)が物理とは別な動機から論理的理解を放棄し、丸暗記によって正答者となっていく行動を起こすのではないかと推測されます。

このアンケート調査が、もし混乱の位相を調査する目的ではなく、ただの学力検査だったならば、(問1ー1),(問4)ともに「質量」と正答した「自信あり」4名・「自信なし」10名の模範解答者をほめたたえ、229名中の14人の正答率6%をはじき出して、その人たちをみんなの目標にしてもっと努力させることで話が終わります。しかし、それは、この混乱の解決にはまったく寄与しないだけでなく、逆に丸暗記をすすめ混乱を固定化する負の効果になりかねないことがよく分かると思います。

(4)(問4)で重複回答者が消えてしまった理由

図5の(問1ー1)と(問4)の重複回答者の統計を比較すると、(問1ー1)では重複回答者が26人(11%)いましたが、(問4)ではたった1人になっていました。劇的といってよいほどの減少が起きています。

これは、すでにふれたように経産省が、「kgの意味」を問うことなく「kgの記号」そのものを使うことを習慣化する方針をとったので、言葉で商品売買の手段を問われると生徒は回答に窮したのでしょう。 kgにどういう用語を使ってもよいという経産省の方針は、「kg」という記号を自己目的化し「はかる」という意味の思考を放棄させるものといってよいでしょう。その結果、生徒だけでなく、これは国民のサイエンスリテラシーも空洞化していく原因となっていくでしょう。

計量法の第1条(目的)には次のように述べられています。

「この法律は、計量の基準を定め、適正な計量の実施を確保し、もって経済の発展及び文化の向上に寄与することを目的とする。」

「はかる」ということの目的は単にものの売買という「経済的行為」だけではなく、「はかる」という意味を考える「文化的行為」でもあることが計量法の目的の中で言及されています。1992年に改正された計量法は、長い間継承してきたこの「はかる」と言う文化的目的を経済優先のために放棄してしまったといってよいでしょう。こうした計量法の改正の余波を受けて、現在の中・高・大学生は「はかる」という行為の混乱を余儀なくされていると言ってよいでしょう。

(5)(問4)での「よく分からない」グループの急増

(問1ー1)ではkgの記号の解釈を巡っていずれのグループでも「よく分からない」という選択肢を選んだ生徒は一人づつ、合計2名しかいませんでした。ところが(問4)では「自信あり」グループが7名、「自信なし」のグループでは33名も「よく分からない」を選択し、合計40名に急増していきました。図7の(問1ー1)から(問4)の変化は「重複回答者」が激減していくと同時に、「よく分からない」が激増していくグラフとも読み取ることができそうです。つまり「重複回答者が大挙して「よく分からない」に移動していったのではないかと、思いたくなりますがその内訳を調べてみるとそうではありません。彼らの動きはもっと複雑に試行錯誤していて、解析はそう簡単ではありません。

その「よく分からない」生徒の回答には以下のように最も多くのがコメントを寄せられています。全員「自信なし」グループのものです。

その中のE、F、Iの3つについて補足のコメントをします。
〇 E:「全然わかりません。」
Eは、(問1)で「重さ」と誤答し、(問4)では「よく分からない。」を選択した生徒です。「よく分からない。」という選択肢を選んだ生徒が「全然分かりません。」と真正面を向いて言い切るコメントに私は少なからず驚きました。この生徒は憮然たる沈黙として「よく分からない。」を選択しているように私には感じられました。

〇 F:「物理まったく分かりません。」

Fの言い方は、Eと少し異なりますが、このわからなさに憮然としている点では全く同じです。今まで、努力して解決できなかったことがほとんどなかった彼らにとって、定義が論理的に整理できずに混乱するという体験は、特異なことを意味しています。いずれのコメントも彼らの学習経験からすると論理的不信感をこめて<全然、納得がいかない。>と言っているとみてよいでしょう。

〇I:「とても興味深かったです。」

ただ、I のコメントからは、納得がいかないことに加えて、自分が傷つかないように警戒をして距離をとりはじめていることを感じさせます。
こうした3人のコメントを分析してみると、彼らの混乱の位相は、理解できない現状に全く納得がいかない、だけでなくこの混乱に強い不信感を持ちはじめていると言ってよいでしょう。

(6)商品売買の単位が「将来、ニュートンの単位になる」という誤解が生じる理由

図5の右のグラフをみると、③63名(28%)もの生徒がまだ商品売買で使用する単位が「将来、ニュートンの単位になる」と誤解をしていることがわかります。なぜ、こうした学力がトップクラスの生徒にいまだにニュートンの単位の誤解が蔓延しつづけているのか、その原因について考えてみましょう。

計量法改正のとき、いろいろな単位の変化・改正がありました。例えば、圧力はmb(ミリバール)からhpa(ヘクトパスカル)に変化し、熱量やエネルギーは cal(カロリー)からJ(ジュール)へ変化し、同時に力の単位は「kg重」から「N(ニュートン)」にシフトすると盛んに新聞で取り上げられていました。1992年頃の話です。ミリバールからヘクトパスカルに単位が変化しても単位面積当たりに受ける力という圧力の意味や単位の次元には何の変化もなく、ただ換算比の異なる別な名前にシフトするだけの問題にすぎません。熱量や力の単位も基本的には同様です。これは同じ次元、同じ意味の物理量での単位のシフトなので、これを単位の「平行移動」と呼んでおきましょう。新聞でとりあげる計量法改正の報道といえばほとんどがこうした物理量の単純な「平行移動」を中心にした話題ばかりでした。しかし、国民に最も身近な商品売買に使われる「法定計量単位」が「重さ:kg重」から「質量:kg」へとシフトするのは意味も次元も異なる「非平行移動」にもかかわらず、これはほとんど新聞でとりあげられませんでした。これほど生活と密接に関連する「法定計量単位」の変化がほとんど報道されませんでした。そのことに懸念を表明する地方紙4の例外的な報道はありましたが全国紙ではほぼ皆無でした5

理科や物理の教科書においても法定計量単位が「非平行移動」すると言う事実には触れられず、一般的に力の単位が「重さ:kg重」から「力:N」へ変化する「平行移動」のことしか言及されませんでした。当時、中・高校の理科実験室には目盛りがニュートンで表示されたバネ秤(いわゆるニュートン秤)が大量に導入されました。このニュートン秤と従来の重力単位系のバネ秤を比較することによって「kg重」から「ニュートン」への移行は単なる換算比の変化(単位の「平行移動」)に過ぎないと誰しも思いこみます。しかし、現実の市民生活では法定計量単位は「重さ:kg重」から「質量:kg」へ「非平行移動」しており、従ってニュートン秤もニュートンという単位も商品売買の世界ではまったく登場することはありませんでした。

このとき、法定計量単位の「非平行移動」の事実を全く知らない多くの人は、商品売買でニュートンの単位が導入されない理由をニュートンという単位が市民社会になじむまで導入が延期になったと誤解したのではないかと思います。「カロリー」が「ジュール」という単位にただちに全面移行していかなかったように、「豚肉100ニュートン」という売買も実行が再延長されたと誤解したのではないかと思います。そうした流れの中で、生徒は法定計量単位がいずれ「ニュートン」に変化すると誤解しているようにみえます。こうした多数の生徒のニュートンに対する誤解を生み出し続けている事実を前にしてみれば、そもそも理科(物理)教育の世界が「はかる」という行為の一大変化に際してこれほど無関心でいられるという驚くべき事実がその最大の原因といってよいのではないだろうか。

  5.生徒が抱える矛盾からみた計量法改正の問題点

これまでのkgの混乱の論点から計量法改正の問題点を再度確認してみましょう。計量法改正が理科を学習する生徒や市民にとって1番大きな影響を与えたのは、生活で商品売買に使える「重さ、重量」という単位がなくなり、そのかわりに「質量」という難解な単位の使用を義務化された事です。特に生徒は「重さ」という生活実感のある言葉から「質量」概念へと段階的に学習していくことができなくなり、いきなり「質量」概念へジャンプし、理解しなければならなくなりました6。しかし実際生徒にとっては、「重さ、重量、質量」の区別がつかない混乱状態にあり商品売買の場で「重さ、重量」の単位が生活の中からなくなっていることにも多くの人が気づいていません。

次に、こうした断層が生徒にとってどう現れ、どう見えてくるのか、という観点から問題を整理してみましょう。殆どの市民は通常、その断層の矛盾から少しだけずれた場所にいます。その理由は、すでに触れたように「経産省・用語法」による言葉の擬装のおかげです。国民の混乱回避のために、「質量」の意味の場所に「重さ、重量、体重」という言葉の看板で「擬装」し、質量と言う言葉の意味ができるだけ国民にの目にふれないようにしているからです。

それに対して理科を学習している人は、理科室で自然科学の「SI単位系」(質量:kg、重さ:N)を使い、他方の生活の中では国際的に非常識な「経産省・用語法」(重さ=重量=質量:kg)を使っているので、この2つの矛盾した断層にまともに直面して混乱します。このように断層はもっぱら理科(物理)の学習者(子供達や成人の資格取得のための理科の再学習者)にだけ集中してやってきます。

学校の「理科(物理)」の授業では生活の「法定計量単位」を問題にせず、「SI単位系」の話だけにすれば、断層は理科室ではまったく表面化しません。中学校理科の教師用指導書では、この「重さ、質量」の問題に深入りしてはいけない旨の用心深いアドバイスがなされています。現実の「商品売買」の世界と教科書の「自然科学」の世界を分離すればこの断層は教室の中では発覚しません。理科の教師たちの多くがこの問題に全く無関心で、何もなかったかのごとくに授業をしていられるのはこの2つを分離し、その断層面に接近しないからです。

他方、国民の中でも中・高校生の子供を持つ両親の場合は少し違った事情が生じ断層に直面することがあります。子供が「理科(物理)」の「重さ・重量・質量」の意味が理解できず、「わけが分からない」と言い出すからです。健全な理解力をもった子供ほどこの混乱を敏感に感じとります。それに見かねた両親が子供の教科書を見て「ニュートン」という未知の単位が「重さ、力」として登場しているのを見て驚きます。「kg:重さ、重量」だとばかり信じていた国民の常識が実は「経産省・用語法」による誤解であったことがここで初めて発覚するのですが、両親はそれを客観視できません。両親も訳が分からなくなります。こうして断層の位置が少しずれ、こどもの両親にも断層の矛盾がやってきます。そこで両親は、子供に丸暗記をアドバイスするか、塾通いを奨めます。こうして多くの中・高校生や大学生がこの混乱回避の最短解は、理解ではなく理解の放棄ではないか、と思いはじめ、それが正答者の比率7%や6%という数字に大きく影響を及ぼしているパラメーター(外的動機)の一つではないだろうか。

6.混乱解決のための提言

「SI単位系」そのものは、時代の要請を受けた21世紀の有能な単位系の一つであることは言うまでもないことですが、それはSI単位系が単独で国家全体の産業のみならず、学術研究、教育、生活などすべての分野にわたってまるごと支配できるほどオールマイティな単位であるか、と言うとそれは全く別な話です。SI単位系は先端技術にとって有能な単位系としての認知は受けていますが、商品売買の手段としては致命的な欠陥を持った単位系です。その理由は、すでに触れたようにSI単位系には、商品売買で使える「kg重」に替わりうる「重さ」の単位を持っていないからです。つまりSI単位系の「N:ニュートン」という重さ、重量、力の単位は、商品売買に使えないからです。従って「全面SI化」をすれば「kg重」の場所が空白になり市民は生活体験の中心にあった「重さ、重量」の単位を喪失してしまう状態になります。経産省・用語法はそれを国民からわからないようにするために「質量」を「重さ」や「重量」という名前で呼んでも良いことにしました。「全面SI化」してもまだ「重さや重量」が存在しているかのように擬装をしたのです。当然ここから言葉の「擬装」による混乱が理科の学習者のなかで始まります。従って、この混乱は「全面SI化」をやめない限り解決されません。そしてこれは文科省の政策の問題というより経産省の政策の問題なのです。

すでにこうした「全面SI化」の欠陥は地球環境の研究者7や土木・建築工学の分野から様々な指摘がなされてきています。問題の核心は、特定の分野でしか有能でない単位系をあたかもすべての分野でオールマイティな単位系でありうるかのごとくに過大評価し、それ以外の単位を認めない硬直したシステムをむりやり導入したのが問題の根源といってよいでしょう。そして経産省は国民には質量概念の理解は不可能とみなし、質量は重さや重量と言う言葉をあてがって擬装しておけばよい、と言わんばかりの一種の愚民政策をとっています。これに気がつけば、ほとんどの国民は現行の計量法に明確に「NO!」を表明することでしょう。

そのための解決策は「全面SI化の廃止」ですが、「SI単位の廃止」ではないことにご注意下さい。「SI単位系」とともに「重力単位系」など様々な有能な単位系との共存を計量法の中核に据える修正を行わなければなりません。問題解決の核心は「kg重」の単位を廃止したことが問題の始まりなので、kg重の単位を復活させる事が解決策の核心です。こうすることによって、「経産省・用語法」は無用になり消滅していきます。

そのための実行すべき具体策を3つあげて本稿を終えることにします。
1.法定計量単位にkg重(重力単位系)を復活させること。(計量法の別表にkg重を付記する。)

2.物品の売買表示はkg重による重さ」表示と「kgによる質量」表示の2重表示にすること。商品売買の秤の表示もすべて同様に「重さと質量」の2重表示にすること。(消費者は、理解できる方を選択して読みとり、理解できない表示は無視すればよいだけです。学校教育には両方理解可能な状態にしてくれることを期待しましょう。)
3.「質量」と「重さ・重量」の単位を峻別するために「重さ、重量(weight)の単位はkg重やN」、「質量(mass)」の単位はkg」を使い、用語と記号の対応をSI単位系、重力単位系に正しく従うようにする。

本論文を作成するために多くの方々から多大な協力をいただきました。その支援がなければ本論文は形をなさなかったと思います。皆様方に深く感謝申しあげます。

(参考文献)

1)市川伸一「学習と教育の心理学3」岩波書店、1995やC.ピーターソン他「学習性無力感」二瓶社、2000は混乱の理解を考える上でとても参考になりました。

(引用文献)

2)森雄兒『計量法改正がもたらした「重さ・重量・質量」の混乱』(物理教育、 Vol.65-1,20-25,2017)

3)久保田英慈「Nは本当に中学生の力概念形成に貢献するのか」という疑問から「Nの導入により、子供達の科学と生活に対する考え方がいっそう分離するように感じる。」という主張が第12回理科教育論研究会資料で展開されていた。(「私が思うこと、感じること」2002.1.13,14)、愛知産業大学三河中学校、

http://www.tcp-ip.or.jp/~ekubota/rika_papers/curicuram.html  このブログは残念ながら現在は削除されていますが、当時の理科教育の変化に鋭い感想を適確に述べていました。

4)長尚(大阪市立大):「国際単位系への統一に反対」信濃毎日新聞(1992.5.9)

5)本稿作成にさいしては、新・計量法の成立過程に関する以下の7社のデジタルデータなどを参照した。朝日、読売、毎日、日経、産経、東京、信濃毎日(アナログデータ)の各新聞。

6)文科省によってkg重の単位が使用禁止になってしまったために、中学校理科ではいくら何でも「重さ」という生活実感なしで質量概念の理解は無理と判断したのだろう。その対策として中学校の教育現場ではkg力などという仮想の新しい重さの単位を考え出す授業の試みなども散見されます。また、高校理科では、生活から消滅した「重さ」の単位と教科書の「質量」との段階的つながりができなくなり、原子や力学の単元では何の説明もなく突然「質量」という言葉を登場させることが起きています。いずれも、「全面SI化」によって理科教育が生活から遊離していかざるを得なくなった端的な影響と言ってよいでしょう。あるいは経産省主導の過剰なグローバリズムと無策の文科省が理科(物理)教育に及ぼした負の遺産といってよいでしょう。

7)茂野博:「地球科学分野における国際単位系(SI)の使用、問題点と解決策」、地質ニュース603号,25 ― 33(2004.11)

(注)引用・参考文献を示す識別番号は、よく4分の1角のサイズのフォントを用いているが、この慣例は参照数字の判読に無用な身体的負担を与えているので、ここではそれを全角で表示にしている。

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